全国漬物探訪

各地で伝え育まれてきた漬物を訪ね歩く

東海漬物

第53回 愛知県

取材時期:令和7年1月

愛知県の特産品として知られる『守口漬』は、同県が認定する「あいちの伝統野菜」の一つで❝世界一長い❞守口大根を使った漬物である。大阪が発祥とされるこの漬物がなぜ愛知県の特産品となり、今日に伝えられているのだろうか。その発展に重要な役割をはたした漬物職人こだわりの守口漬づくりが、木曽川の恵みを受けた扶桑町で今も受け継がれている。また守口大根をはじめとする愛知県の在来種に詳しい専門家に、伝統野菜の魅力についてうかがった。

 

(※)   平成25年(2013年)に「守口大根ギネスワールドレコーズ™町おこしin扶桑町」が行われ、191.7㎝の守口大根が、世界一長い大根として認定(当時)された。

1本およそ95〜110㎝と、その圧倒的な長さが特徴の『守口漬』
何度も漬け替えをしながら完成まで約2年の歳月を要する、手間暇のかかる漬物

愛知で発展した守口漬を守り継ぐ

 守口漬の歴史には諸説ある。その名称は一説によると、天正13年(1585年)豊臣秀吉が大阪城と京都の往還で、淀川沿いの寒村「守口」で休憩の折、庄屋源兵衛が長大根の漬物を献上したところ、その風味が格別で大いに褒めたたえ、この地名を取って「もりぐち大根漬」(守口漬)と命名したことに由来するという。

 その後、千利休らにより茶懐石料理の香の物のひとつになり、茶の湯の広がりとともに、京街道「守口宿名物」として知られるようになったとされる。(のちに大阪城下の発展とともに同地域での長大根の栽培は消滅、近年地域の特産への取り組みが進む)

 さて明治に入り、愛知の実業家として知られる山田才吉氏が、美濃国(現在の岐阜県南部)で古くから栽培されていた細根大根を使い、酒粕とみりん粕を使った独自の漬け方を創作し、明治15年(1882年)、名古屋市中区にあった漬物店「きた福(喜多福)」にて「守口大根味醂粕漬け」として売り出した。この新しい商品の呼び名を、茶懐石料理の香の物(もりぐち大根漬)にヒントを得て命名。その略称である『守口漬』が定着し、現在に至っているとされている。

食べるときに、好みの大きさにカットする。

食べるときに、好みの大きさにカットする。

 この守口漬を名古屋の名産として発展させるのに大きく貢献した人物がいる。1950年代には原料確保のため守口大根の栽培地を模索、扶桑町に守口大根生産者組合を立ち上げるなど奔走し、昭和55年(1980年)に株式会社扶桑守口食品を創業した曾我米三氏である。米三氏は、味や品質にこだわりながらも守口漬を贈答用の高級品から大衆化させ、毎日気軽に食べられる漬物にしたいと努力を重ねた漬物職人だ。

 そんな米三氏の意思を今も受け継ぐ扶桑守口食品を訪ね、社長の曾我公彦さんに守口漬づくりについてのお話をうかがった。

 「❝いいものだけをお届けしたい❞を念頭に、素材の吟味から始まり、幾度も漬け替えを行う手漬け伝統製法にて奈良漬を製造しています。 守口大根の産地で製造することで、生産者の方々の声を直接聞き、畑で守口大根の成長を見ることができるという利点があります。この「直接」が大切であることを職人である従業員も日々感じています」

本社に隣接する直営店『壽俵屋』では、樽からの量り売りも行う<br />
<br />
<br />
<br />
<参考文献> 田中彰吾著『守口漬ものがたり』(中日出版社)

本社に隣接する直営店『壽俵屋』では、樽からの量り売りも行う



<参考文献> 田中彰吾著『守口漬ものがたり』(中日出版社)

木曽川の扇状地特有の土壌が育んだ細長い大根

 そんな守口大根は、どのように育てられているのだろうか。

 扶桑町守口大根漬物組合の組合長、田中誠人さんの畑を訪ねた。この日は、朝から降り続く雪が畑に積もり、一面真っ白。通常であれば収穫は行わない天候だが、特別に見せていただいた。

 「守口大根は、毎年母本選抜で基準を決めています。細い根の部分は除いた長さ95~110㎝、直径2~3㎝の、根の首から先端まで同じ太さの大根を使っています」

 長いものでは180㎝を超えるものもある守口大根。今年度は種まきを9月中旬から10月中旬に行い、収穫は12月中旬から1月下旬まで。約90日であの長さに成長するのは驚きだ。収穫に際してはまず、1~1.2m程の土を、トレンチャーという農具で深耕する。その後手で引っ張ると、見た目からは意外なほどスルッと抜ける。

 扶桑町は木曽川の扇状地にあたり、この地域特有の肥沃な砂壌土(砂のようなサラサラの土)、大根がまっすぐ下に伸びるのに適しているのだという。守口大根づくりにはこの「地の利」も大きく関わっているそうだ。

 「安全安心のため、最低限の肥料と農薬にて栽培を心掛けています」苦労するのは、雨や台風、気温、病害虫だという。「播種の時期が台風シーズンと重なるので、大変なんですよ」

上/畝からするっと抜ける大根<br />
左下/真っ直ぐに伸び、太さが均一 右下/さらさらの土(砂壌土)

上/畝からするっと抜ける大根
左下/真っ直ぐに伸び、太さが均一 右下/さらさらの土(砂壌土)

 現在、守口漬に使われる守口大根が栽培されているのは愛知県扶桑町と岐阜県川島町のみだが、扶桑町では最盛期には66戸だった生産者が、現在では5戸。「伝統野菜である守口大根を後世に残していきたいと思っているのですが、生産者の減少、後継者不足が今後の課題となっています」と田中誠人さんは憂慮する。

 扶桑町の小学校では学校給食で守口漬が提供されるほか、扶桑守口食品では平成22年(2010年)から食育の一環として、小学3年生から3年間に渡って守口大根の種まきから守口漬の漬け込みまで体験できる授業に協力している。自分で漬けた守口漬を持ち帰ることができ、子どもたちの地元への理解と愛着が生まれているという。このような継続的な活動から、守口大根の次世代の担い手が現れることを期待したい。

左/晴れた日の畑  <br />
右/葉が茂り影になることで、土をあたためようとして根が太くなる(画像提供:扶桑守口食品様)

左/晴れた日の畑
右/葉が茂り影になることで、土をあたためようとして根が太くなる(画像提供:扶桑守口食品様)

田中誠人さんら生産者とタッグを組み、良い守口漬をつくる

田中誠人さんら生産者とタッグを組み、良い守口漬をつくる

  • 1
  • 2
  • 1
  • 2

手間暇かけた伝統手法と職人による秘伝の技で作る守口漬

 実際の守口漬づくりについて、扶桑守口食品・製造部部長の田中美加さんにお話をうかがった。

 収穫した守口大根は、その日のうちに1回目の塩漬けがされ、水分とアクを抜く。約3か月後の2回目の塩漬けでは、塩分濃度を飽和状態までもっていき、長期保存にも耐えられる状態にする。それによって、冬場にしか収穫できない守口大根の通年保存が可能となる。

 1回目の味漬けでは、酒粕、みりん粕、砂糖、塩をまぜたものに漬け込む。このときの粕床は再生させたものを使い、貴重な素材を無駄にしない。2回目の味漬けで古い酒粕を拭き取り、新しい酒粕に漬け込む。こうして、約2年の歳月をかけて守口漬は出来上がる。

左上/塩漬けされた守口大根 右上/一日でこれだけの水が上がる<br />
左下/丁寧に並べ、酒粕の床に漬ける 右下/機械に通して太さを選別する

左上/塩漬けされた守口大根 右上/一日でこれだけの水が上がる
左下/丁寧に並べ、酒粕の床に漬ける 右下/機械に通して太さを選別する

 「守口漬とは、酒粕で漬け込んだ漬物です。弊社の守口漬(奈良漬)には、みりん粕を使用し、味をまろやかに仕上げています」と、田中美加さん。

 社長自ら日本各地の蔵元まで直接足を運び、直接確かめた選りすぐりの酒粕を仕入れ、自社で踏み込み(うどんの生地のように踏む作業)を行ったのち、発酵、熟成させている。その熟成酒粕で幾度も漬け替える事により、塩漬けされた守口大根の塩分を酒粕へ放出させ、逆に酒粕の旨味を守口大根の中へ染み込ませるのだという。酒粕は、踏み込んで発酵・熟成させることをしないと腐ってしまう。新酒がしぼられるこの時期、酒粕を踏み込む光景が風物詩となっている。

 みりん粕にも格別のこだわりがある。「酒粕のみで作られた奈良漬は味にふくらみがなく、トゲトゲしさを感じるものになってしまいます。本みりん粕で漬け込むことにより、風味が一層増し、まろやかで且つ、芳醇な芳香と深い味わいを醸してくれます」

 みりん粕とは、本みりんを搾った後にできる副産物だが、量が少なく一般にはあまり出回っていない。扶桑守口食品では、そのまま飲んでも美味しいほど高品質の本みりんの粕を使っているのだという。

 「人工的な甘味料は使用せず、自然でさわやかな甘みをもたらす砂糖を厳選して使用しています。塩は、激しい海流によって外洋の新鮮な海水が常に出入りする渦潮で名高い鳴門の海水から抽出した国産塩を使用しています」

 シンプルな調味料だけに素材にはとことんこだわるのが、先代から続く❝ものづくり❞の精神のようだ。それだけでなく、漬け方も昔ながらの方法を、歴代の漬頭から製造部門の職人さんに『秘伝の技』として受け継いでいる。

漬け替えを重ね、日が経つごとに深い色になる

漬け替えを重ね、日が経つごとに深い色になる

 「愚直なまでに時間と手間をかける昔ながらの伝統製法を貫き、素材の持ち味を最大限生かして一品一品漬け上げています。守口漬は、その長さから手漬けでの作業が中心になりますので、大量生産や短時間での製造は行えません。 日々、気温などに応じて保管庫の温度調節を行い、最適な温度と最適な漬け込み期間になるよう気にかけています。また、その時の熟成酒粕や仕掛かり原料に応じて配合を微量に調整し、一定の味を保てるように職人の技と知恵で漬け上げています」

 伝統を守る一方、同社では犬山市に直営店を2軒出店。定食などのほか守口漬を使ったスイーツも提供し、その評判は上々のようだ。

 「お店の若手スタッフのアイデアも取り入れながら、時代に合ったさまざまな食べ方の提案をさせていただいています。特にチーズは発酵食品同士で相性が良く、クラッカーの上にクリームチーズと守口漬をのせて食べると前菜やお酒のつまみなどの逸品となるんですよ。また、そのままではなくピューレ状にした守口漬の入ったソフトクリームやジェラート、刻んだ守口漬をトッピングしたパウンドケーキなど、女性や若年層の方にも気軽に召し上がっていただけるメニューも開発しています」

 守口漬の未来について、曾我社長はこう語ってくれた。

 「守るべき伝統製法は、今後も後世に残し続けていきます。ただ、こだわるだけではなく健康志向やお客様のニーズの変化にも応えながら製品づくりが行えるのは、扶桑守口食品だからできる技であり、これこそ食卓の一品としてお客様に満足していただける根拠だと考えています。❝守口漬は日本文化である❞ことをもっと広く、世界中の人たちに知ってもらいたい。扶桑町にはこんな素晴らしいものがあることに気付いて欲しいですね」

二度漬の樽。変色を防ぐ「蓋粕」をして20度以下で保管するが、寒すぎると塩分が抜けないため、温度調節を欠かせない

二度漬の樽。変色を防ぐ「蓋粕」をして20度以下で保管するが、寒すぎると塩分が抜けないため、温度調節を欠かせない

扶桑守口食品の田中美加さん

扶桑守口食品の田中美加さん

在来種にこだわる“種採りじいさん”が語る伝統野菜の魅力

 守口大根は、愛知県が認定する37品目(2025年1月現在)の「あいちの伝統野菜」の一つに選ばれている。この「あいちの伝統野菜」選定にも関わる、「あいち在来種保存会」代表世話人の高木幹夫さんにお話をうかがった。

 「私は自分の病気をきっかけに、リハビリのつもりで野菜ソムリエの勉強を始めたんですよ」と明るく語る高木さん。JA勤務時代に在来の玉ねぎの採種に携わり、在来種が消えていくことを憂慮し、次世代に種を残したいと考えたことも現在の活動につながっているようだ。

 現在、自宅の近くのあちこちに300坪ほど畑を借り、多種多様な伝統野菜を育て、自家採種し保存しているという高木さんは自身を「種採りじいさんですよ」と称して笑う。同保存会の活動のほか、各地での講演や講習会、メディア出演などを通じて伝統野菜の魅力を発信し続けている。

 あいち在来種保存会は平成25年(2013年)に設立された。非営利の活動で、在来種の伝統野菜に興味がある人であれば誰でも入会でき、会費もとらない、かなり自由な集まりだ。

 「会員は料理人など食関係の方や農家、伝統野菜に興味を持つ一般の方まで幅広く100人は超えているかな。イベントや年に一回総会も開きますが、あくまでも趣味の活動がメインです。種は、会員で欲しいという人がいれば無料で差し上げています」

「あいちの伝統野菜」は、現在37品目が選ばれている。守口大根もそのひとつ

「あいちの伝統野菜」は、現在37品目が選ばれている。守口大根もそのひとつ

 国産の在来種にこだわり、自ら野菜を育てて採種している高木さんから見た守口大根とは。

 「守口大根は、栽培作業に特別な機械が必要なこともあり、プロしか育てられない作物。それでも守口大根を、そして守口漬を文化として守っていこう、という志を持つ人たちがいる限り、無くならないと思います」

 また伝統野菜の魅力について「伝統野菜は、地方地方の、地元ならではの食文化をつくってくれるもので、歴史や物語がある。そして❝旬❞を教えてくれ、野菜本来の味が楽しめること。さらに、個性的であるがゆえに発芽も成長度合いもバラバラだからこそ、自然災害に対する強さがあることです」と語ってくれた。

 高木さんはこうした貴重な伝統野菜を次世代に伝えていく活動を精力的に行っている。昨年から愛知県農業総合試験場に高木さんの保有する種を保存してもらう取り組み(ジーンバンク)を始めているほか、高木さんの地元大府市では、学校給食に定期的に伝統野菜を使ってもらっているという。また、特に若い世代の農家さんと積極的にコミュニケーションをとり、種を提供して伝統野菜を育ててもらっているという。

 「種採りお兄さんからスタートして、種採りおじさんになり、今では種採りじいさんになった。これからも伝統野菜の種を絶やさないよう、保存活動を続けます。そのためには健康第一。健康のためにはストレスをためないことが一番。マイペースで自由にやりますよ」と笑う高木さんからは、のびのびと育つ伝統野菜のようなたくましさが感じられた。

伝統野菜への愛を熱く語る高木幹夫さん

伝統野菜への愛を熱く語る高木幹夫さん

※取材記事は漬物文化の啓発活動であり、販売目的ではございません。
そのため、連絡先の掲載は差し控えさせていただいておりますこと、ご理解並びにご了承くださいませ。

※掲載内容は取材時の情報です。

  • 1
  • 2