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らっきょうは中国原産で、日本では薬用として江戸時代に食べられるようになった。鳥取へ伝わったのは、参勤交代のときに小石川薬園(現在の小石川植物園)から種を持ち帰ったのがきっかけといわれている。
らっきょうは生命力が旺盛で砂地でも育つことから、農家が自家用として栽培してきたが、福部で本格的な栽培が始まったのは酢漬けが一般的になってきた大正時代のころ。かつては、“嫁殺し”と呼ばれた砂丘地での過酷な労働も、現在では機械化が進み、スプリンクラーが導入されたことで、作付け面積は約123ヘクタールと一市町村としては全国一を誇っている。 「砂丘地で栽培されるらっきょうは、透き通るような白さとシャキシャキした歯ごたえが特徴なんです。同じらっきょうでも、他の産地の平地で栽培しているものと品質が違うんですよ」 そう話すのは、JA鳥取いなば福部支店の加武田恵子さん。砂丘らっきょうが栽培されている畑は海に近く、塩分を含んだ風の影響もあって、収穫量は平地よりかなり少ないという。畑を案内してもらうと、砂の上に生えているのですぽっと収穫できると思ったら、しっかり根張りしているので簡単には抜けない。傾斜があって水はけのいい畑で、品質のいいらっきょうが育つというから、砂の大地にへばりついている力強さを感じさせる。 |
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ている葉っぱを刈らなければいけない。これも昔は鎌で刈って熊手で集めていたそうだが、今は草刈り機と集掃機(棒の付いた大きなローターが回転して草を飛ばす)を用いる。
「らっきょうの葉っぱを刈るときは、玉ネギを切るときのように目に染みるんですよ。私は眼鏡をかけてやっていますが、主人は水泳用のゴーグルを付けています」
収穫は機械化されたが、植え付けはいまだに手作業だと聞いて驚いた。7月終わりから8月末にかけての作業で、日中には畑の地表は60度になるという暑さだ。機械は種を落とすだけで活着が悪いので、根を押さえながら手で植えるほうが効率がいいという。
岡野さんの家では「らくだ」という大球に育つ代表的な在来種を自家採種していて、出荷用の畑3ヘクタールのうち、翌年に使う種用の畑が5アールあり、肥料の調整をしながら実の詰まった元気のいい種を選別する。
せっかく苦労して植え付けても、台風が来て砂に埋もれてしまうこともある。そうなるとらっきょうの芽を掘り起こさないといけないので、芽立ちが揃うまでいつも落ち着かないらしい。




