全国漬物探訪

各地で伝え育まれてきた漬物を訪ね歩く

東海漬物

第48回 京都府

取材時期:2022年9月

『しば漬け』は、「千枚漬け」「すぐき漬け」とならぶ“京都三大漬物”のひとつ。かつて平家が滅亡し、大原の寂光院に隠棲した建礼門院(平清盛の娘・徳子)が、里の人々が差し入れた赤紫色の漬物に感激し「紫葉漬け」と名付けたと言われている。この伝承があるように、しば漬けといえば大原が有名だが、さらに北奥にある里山でも独特のしば漬けが作られているのをご存じだろうか。自然の営みを守り継ぐ老舗料理旅館、地域の特産品を生かしてしば漬けを作る里山の人々にお話を伺った。

しば漬けといえば、鮮やかな紅色と香りが特徴。
素材のうまみを引き立てる爽やかな酸味が新米の季節に華を添える。

里山の自然を摘草料理で味わう料理旅館『美山荘』

 蒸し暑さの残る9月中旬、京都市街から車を走らせることおよそ 1時間半、小さな里山「花脊(はなせ)」にその料理旅館はある。

 『美山荘』は、明治28年(1895年)、大悲山峰定寺に参詣する信者のための宿坊としてはじまった。昭和32年(1957年)には三代目当主である中東吉次氏が、地元の草花や山菜、魚などをつかった「摘草料理」を提唱、花脊に息づく自然の恵みで客人をもてなす料理旅館に生まれ変わった。現当主である四代目、中東久人さんはアメリカとフランスに留学後、パリにてギャルソンとしてキャリアを積み、金沢の料亭で日本料理の修行を積んできた。レストランのプロデュースや寿司チェーンの商品開発といった新しい試みを交えつつ、摘草料理に込められた先代の想いを継ぎながら、京都の奥座敷から日本伝統の食文化を発信し続けている。

 そんな美山荘における、しば漬けとは――。

左:京都・花脊の里で120年あまりの歴史を刻む『美山荘』。 右:山里にひっそりと佇む料理旅館は、土地の恵みを使った「摘草料理」で人々をもてなす。

左:京都・花脊の里で120年あまりの歴史を刻む『美山荘』。 右:山里にひっそりと佇む料理旅館は、土地の恵みを使った「摘草料理」で人々をもてなす。

 美山荘では、お盆が明けた8月下旬から9月にかけてしば漬け作りが始まる。一般的に使われるナス、キュウリのほかに、地元産のみょうがと青とうがらしが入るのが美山荘ならではのしば漬けだ。このレシピは、中東さんの祖母にあたる二代目女将から受け継がれてきたもの。時代や環境に合わせて変化しながらも、約50年にわたり守り継がれてきた。

『美山荘』四代目当主の中東久人さん。多岐にわたる活動に意欲的に取り組んでいる。

『美山荘』四代目当主の中東久人さん。多岐にわたる活動に意欲的に取り組んでいる。

 「僕たちにとってしば漬けとは、夏から秋に向かう季節の移ろいを感じさせてくれるもの。ナスやみょうがが採れて、山ではキノコが顔を出し、田んぼでは新米が出てくる。それらをしば漬けとともにいただくことで、秋の訪れを感じる。それをお客様に感じていただくのはもちろん、料理を提供する僕たちにとっても大事なことです」

里山の四季を自然の恵みとともに伝えていくために欠かせない、美山荘のしば漬け。その漬け込みの様子を見せていただいた。

赤じそとみょうがから出る鮮やかな紅色と青とうがらしの緑色のコントラストが美しい美山荘伝統のしば漬け

赤じそとみょうがから出る鮮やかな紅色と青とうがらしの緑色のコントラストが美しい美山荘伝統のしば漬け

新京野菜『京の花街みょうが』が香る広河原のしば漬け

 伺ったのは、花脊のお隣、広河原地区で地元の野菜を使った加工品を作っている「広河原里山野菜加工グループ」の加工場。会長の新谷久利さんは、農家を営む一方で地域の特産品を作ろうと、6年程前にこの加工場を立ち上げた。地域振興にも力を注ぐ中東さんは、美山荘のしば漬けづくりの一部を新谷さんに委託。美山荘のしば漬けの味を受け継いできた料理長の水野秀次さんが指導しながら、二人三脚で美山荘のしば漬けの味を守っている。

 赤じそやみょうがの栽培が盛んだった広河原や周辺地域では、昔から各家庭でもしば漬けが漬けられてきた。その大きな特徴が「みょうが」。しば漬けに主に使われるのはナスやキュウリだが、そこに大量のみょうがを一緒に漬け込む。

 なかでも9月に採れる『京の花街みょうが』(以下花街みょうが)は、京都市が大学などと連携して開発した「新京野菜」のひとつで、普通のみょうがよりもひと回り大きく、鮮やかな紅色と上品な香りが特徴。この花街みょうがをたっぷりと加える。これほどみょうがが入っているしば漬けは、京都でも珍しいという。ほかにも、花街みょうがだけを漬け込んだしば漬けも作っており、地元のスーパーや里の駅などで人気を博している。

 訪れたこの日は、ちょうど花街みょうがの最盛期。収穫されたばかりの花街みょうがと、大ぶりにカットされたナス、キュウリ、そして青とうがらしに、塩と赤じそをまんべんなくまぶす。漬け樽に移し、重しを乗せて漬け込み開始。2~3日ほどで上がってきた水分を除いたら、7~10日目には均一に漬かるように上下を入れ替えるように混ぜ込む。あとは味を確かめながら漬け込んでいき、およそ20日間前後で香り高く色鮮やかなしば漬けができあがる。

左上:たっぷりと使われる広河原特産の『花街みょうが』は豊かな香りと色合いを生み出す。<br />
右上:素材一つひとつにまんべんなく塩が行き渡るように混ぜ込むのがポイント。<br />
左下:漬け込みから2~3日で出てきた水分を、どれだけ残すかが熟練の技。<br />
右下:漬け込み10日目のしば漬け。ここからさらに10日ほど熟成させる。

左上:たっぷりと使われる広河原特産の『花街みょうが』は豊かな香りと色合いを生み出す。
右上:素材一つひとつにまんべんなく塩が行き渡るように混ぜ込むのがポイント。
左下:漬け込みから2~3日で出てきた水分を、どれだけ残すかが熟練の技。
右下:漬け込み10日目のしば漬け。ここからさらに10日ほど熟成させる。

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地域の農業を守るため 伝統の『しば漬け』を特産品に

 漬け込み作業のあと、新谷さんに赤じそと花街みょうがの畑を見せていただいた。

 赤じそといえば、有名なのがしば漬けの一大産地である大原だ。広河原は大原よりも標高が高く気候にも違いがあるが、新谷さんは「広河原の赤じそも、大原には負けていませんよ」と胸を張る。 中東さんによると、植物は虫などの外敵が多いほど、自分の身を守るために油や香りが強くなるのだそう。大原とはまた違った自然環境が、広河原ならではの赤じそを育んでいる。

しっかりと色づいた深紫と香りが特徴の広河原の赤じそ。収穫時期も終盤を迎え、次世代に変わるための穂がいきいきと伸び始めている。

しっかりと色づいた深紫と香りが特徴の広河原の赤じそ。収穫時期も終盤を迎え、次世代に変わるための穂がいきいきと伸び始めている。

 そして広河原の特産品である花街みょうが。ぎっしりと植えられた株を分け入ると、株元から色鮮やかなみょうがが顔を出す。収穫はもちろん手作業。この夏は、新谷さん一人で約60キロものみょうがを収穫した。地場産の材料にこだわったしば漬けづくりを続ける理由は、地域への強い思いがあるからだ。

 「花街みょうがを作り始めた頃は6軒ほどあった農家が、高齢化のため今は4軒に減っています。加工場を始めたのは、地域の人たちの雇用の一助になればと思ったから。地域の特産品として売り出していけば、農家の収入源になるでしょう」

 「普通のしば漬けよりも少し価格は高いですが、やはり美味しいから買ってもらえているのだと思う」と笑う新谷さん。その笑顔には、地域への想いと誇りが込められていた。

左:「広河原里山野菜加工グループ」の新谷久利さん。農業や加工品づくりを通して地域振興に力を注いでいる。<br />
右:旬を迎えた『花街みょうが』。大ぶりで豊かな香りと鮮やかな色合いが特徴。

左:「広河原里山野菜加工グループ」の新谷久利さん。農業や加工品づくりを通して地域振興に力を注いでいる。
右:旬を迎えた『花街みょうが』。大ぶりで豊かな香りと鮮やかな色合いが特徴。

自然と食材に真摯に向き合い その魅力を引き出す

 中東さんにしば漬けづくりのこだわりについて伺うと、「もっとも大事なのは、食材への向き合い方」だと語る。

「ナスやキュウリに傷や固いところがないか、赤じそは変色していないか、茎が入っていないか、みょうがには土が付いていないか――。 そういった下処理をどこまで徹底できるかによってできあがりが変わります。それはこれから作るものに対して、どれだけ自分の考えを持って取り組めるかということ。例えば、野菜の皮にも何層かあって、そのなかで味わいがグラデーションで変わっていく。そのどの部分を使いたいのか、そのためにどのくらいの厚さで皮をむくのかが変わってくる。それが技術です」

 また、塩がすべての野菜にきっちりと当たっているか、塩漬けして上がってきた水の抜き加減でも味わいが変わるという。

 「上がってきた水には野菜のアクだけではなく、タンニンやポリフェノールなどの成分も含まれています。これをどのくらい残すかも重要なポイント。こればかりは数値化できず、経験がものをいう。こういう経験でしか得られないものは、日本の宝だと思います」という中東さん。

食材の栽培や農園づくりにも力を入れている中東さん。自然のあるべき姿を美山荘としてどう表現していくかを追究している。

食材の栽培や農園づくりにも力を入れている中東さん。自然のあるべき姿を美山荘としてどう表現していくかを追究している。

 漬け上がったしば漬けは、赤じそとみょうがから抽出された鮮やかな紅色の中に、ほんのりとした青とうがらしの緑色が美しい。酸味は柔らかく上品で、青とうがらしの辛味が爽やかなアクセントになっている。

 漬物や味噌など日本を代表する発酵食品は、経験によって培われた“宝”によって作られている。「どの素材を使ってどんな味にするか、それをどう表現するか、そして時間をかけてじっくりと味を育てていく。これは日本の食文化を象徴したものであり、人間は自然のものを取り入れているのだということを普段から意識してほしい」と中東さんは語る。美山荘の摘草料理は、まさにこの想いを形にしたものだろう。

漬け上がった美山荘のしば漬け。秋の訪れを告げる一品として、欠かせない風物詩だ。

漬け上がった美山荘のしば漬け。秋の訪れを告げる一品として、欠かせない風物詩だ。

 中東さんは現在、山菜農園やふき畑、ヤマブドウの栽培などに取り組むほか、京都大学、龍谷大学、京都芸術大学の教授や学生との研究と第六次産業化を進めている。

 「自ら栽培することで食材について学び、研究をしながら良い食材を作っていく。それを料理で表現していくというのはどういうことかということを、スタッフたちと一緒に勉強していきたい。そして日本を代表する、地域を象徴するレストランになっていきたいですね」

 その農園や畑も、その景色自体をきれいにしていけば、ひとつの風景になる。「食材としてだけでなく、花脊の風景として楽しめる場所にしていきたい。みょうが畑でも、実際にみょうがを摘んでもらって、それを料理にして食べてもらう。実際に体験してもらうこと、食べてもらうこと、触れてもらうこと。地域の魅力を美山荘というフィルターにかけて伝えていく、そんな存在になっていきたいですね」

 中東さんの活躍は多岐にわたる。しかしその原動力は、『自然の恵みと地域の魅力を伝えたい』その想いに尽きるのかもしれない。

花脊に流れる清流。中東さんは「食事を楽しむだけでなく、花脊の清らかな空気と自然を実際に体感することで地域の魅力を感じてほしい」と語る。

花脊に流れる清流。中東さんは「食事を楽しむだけでなく、花脊の清らかな空気と自然を実際に体感することで地域の魅力を感じてほしい」と語る。

※取材記事は漬物文化の啓発活動であり、販売目的ではございません。
そのため、連絡先の掲載は差し控えさせていただいておりますこと、ご理解並びにご了承くださいませ。

※掲載内容は取材時の情報です。

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