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全国漬物探訪

第47回 東京都

取材時期:2019年12月

 

かつて“大根の練馬か、練馬の大根か”と言われ、全国にもその名が知られた「練馬大根」。その練馬大根を糠と塩で漬け込む「練馬本干しぬか漬けたくあん(以下、練馬たくあん)」づくりも盛んであったが、戦後は生産量が激減、練馬大根は途絶えかけていた。そこで練馬区とJA、生産者が協働し、練馬大根復活プロジェクトを立ち上げた。市場にほとんど出回らないことから、まぼろしともいわれる「練馬大根」と「練馬たくあん」の伝承に取り組む人々の姿を追った。

練馬の空っ風と昔ながらの製法で作られる練馬たくあんは、パリッとした歯ごたえと自然な味わいが郷愁をそそる。

練馬区とJA、生産者が連携“まぼろしの練馬大根”復活に尽力

 「練馬大根」――その名を聞いたことのある人は多いだろう。しかし、その生産が一時途絶えていたことをご存じだろうか。練馬大根は、江戸時代に栽培が始まったとされており、明治中期から昭和初期にかけて、東京の市街地拡大や人口増加にともない生産量が増大。その名は全国にもひろがった。

 白首大根の一種で、細長く水分が少ないことから、たくあん漬けに向いており、多くの農家や漬物店で作られた。特に戦中には、兵隊に持たせる保存食として大量に生産されたという。

 しかし昭和8年に起きた干ばつや、病気の発生に加え、食生活の変化や都市化による農地の減少、さらにその長さと、先が少し膨らんだ形状から収穫に手間がかかるなどの要因もあり、昭和30年頃から練馬大根の栽培は減少の一途を辿り、いつしかその名前だけを残して出回ることはほとんどなくなった。

 そこで1989年(平成元年)、「歴史ある練馬大根と、練馬大根のたくあん漬けを練馬の地に残していきたい」と、練馬区とJA東京あおば、農家や漬物業者などの地元生産者が協力し「練馬大根育成事業」を発足。区やJAが種や生産数などを管理し、農家や漬物業者に生産を依頼。そして生産物を区やJAが買い取るというシステムのもと、練馬大根保存の取り組みを開始した。 以降、生産量は年々増加し、たくあん漬けも「練馬たくあん」として、農家と漬物業者が協力して生産している。

 発足当初、8軒の農家でスタートした同事業も、現在では21軒が参加(2019年時点)。2019年は約1万4000本の練馬大根が生産され、そのうち約5000本は練馬たくあんに加工、残りは生大根として、練馬区内の直売所などで販売され、区外に流通することはほとんどないという。

左:練馬区にある愛染院境内の梵鐘の礎石には、漬物石が使用されている。<br />
右:昭和15年に同院に建てられた「練馬大根碑」。練馬大根の歴史が刻まれている。

左:練馬区にある愛染院境内の梵鐘の礎石には、漬物石が使用されている。
右:昭和15年に同院に建てられた「練馬大根碑」。練馬大根の歴史が刻まれている。

練馬区の人々の努力により復活した「練馬大根」。真っ白く、細長い形状が特徴。

練馬区の人々の努力により復活した「練馬大根」。真っ白く、細長い形状が特徴。

練馬の風土が生み出す、ふるさとの味「練馬たくあん」

 12月初旬の冬晴れの空の下、訪れた先々の農家では、数百本もの練馬大根が、さながら真っ白なカーテンのようにたなびいていた。

 練馬大根は、9月初旬に播種し、11月下旬に収穫の時期を迎える。栽培方法は一般的な青首大根とそれほど変わらないものの、70~100cmもの長さに成長するため、収穫に時間と労力を要するという。そこで収穫の際に大根を抜きやすくするため、土を通常より深く耕して柔らかくするといった工夫が、各農家でされているそうだ。

 収穫後は、水洗いした大根を数本ずつ縄で編んで、干し台で10日~2週間ほど干し上げる。一見簡単なようだが、ここでもひと苦労。ただ泥を落とすだけでなく、水分をよく逃がすため、一皮剥くように傷を付けながら洗うのだという。現在は機械化されているが、かつては「鮫皮」で一本一本手作業で洗っていたという。

昔ながらの稲架(はさ)に干される大根のカーテンは壮観。2019年は生育が良く、太い大根が多かったとのこと(田中さん)

昔ながらの稲架(はさ)に干される大根のカーテンは壮観。2019年は生育が良く、太い大根が多かったとのこと(田中さん)

左:かつて大根を洗うために使用された「鮫皮」。今では貴重品だそう。<br />
右:たくあん用の大根は、デッキブラシのようなローラーで傷を付けながら洗う。

左:かつて大根を洗うために使用された「鮫皮」。今では貴重品だそう。
右:たくあん用の大根は、デッキブラシのようなローラーで傷を付けながら洗う。

 また大根を効率良く干すため、縄での編み方にもコツがあるという。お話を伺った吉田忠男さんによると「下には細く小さいもの、上は太くて大きい大根を編み込むことで、下に力がかかってよく締まる」のだという。また編み込むバランスが悪いと、大根の連が傾いたり、よじれたりして均等に干し上がらない。熟練の技が必要なのだ。

 近年、練馬大根全体の生産量は増えているが、この練馬たくあん用の干し大根の数は増えていないという。これは、膨大な数の大根を干し上げるスペースを確保できない農家が多いことと、この干しの技術を持っている農家が少ないからだという。育成事業において、この技術の伝承も現在の課題となっているそうだ。

 大根の干し方にも、農家ごとに工夫が施されている。先述の吉田さんは、天気の良い日は外に、雨の日には屋根の下に移動できるよう、キャスター付きの干し台を自作。田中大代さんの畑では、昔ながらの太い木の稲架(はさ)を組み上げ、露地で干し上げる。練馬の風が当たることで大根がよく乾くのだという。また白石好孝さんは、ビニールハウス内に干し台を設置している。凍ってしまうと、大根の歯ごたえが悪くなるからだそう。

 どの農家でも、一番の心配事は干し作業中の雨だと声をそろえる。「雨に濡れたらカビが出てしまう。雨が降るまえにシートを掛けなければならないけど、できればギリギリまで風にさらしたいからね。常に天気は気にしないといけない。練馬大根は天日と風で甘くなる。手間はかかるけど、この干し作業は大事だよね」(田中大代さん)

2本の縄で編まれた干し大根。歪んだり傾いたりしないように編むには経験と技術が求められる。

2本の縄で編まれた干し大根。歪んだり傾いたりしないように編むには経験と技術が求められる。

霜などによる凍結を防ぐため、ビニールハウス内で干す方法も(白石さん)

霜などによる凍結を防ぐため、ビニールハウス内で干す方法も(白石さん)

 およそ1週間後、大根が干しあがり、いよいよ練馬たくあんの漬け込みへ。干し作業でもお世話になった吉田忠男さんにご教授いただいた。まずは乾燥した大根の両端を切る。これは新しい細胞を出すことで、水分が出やすくなるためだそう。漬け込みには、練馬たくあんのベースとなる糠と塩に、吉田さんが加えるのはザラメ。調味は農家ごとに異なるそうだが、今は何かしら甘みを加えることが多いという。 この日の配合は、糠30kg・塩6kg・ザラメ5kgとのことだが、塩の量は、いつまで日持ちさせるかによって加減するという。 3月ぐらいまでなら少なめに、夏まで持たせるなら多めに、という具合だ。近年では減塩が好まれることもあり、昔に比べると使用する塩の量は減っているとのこと。

 200リットルの樽に、大根と調味した糠を交互に重ねていく。大根の敷き込みは、サイズを調節しながら高さが均等になるように並べ、すき間にはサイズの小さな大根を詰め込む。「均等に重しがかかるように、すき間なく大根を並べるのがコツ。だけど一本一本形が違うから、どういう向きでどういう順番で敷き詰めていけばいいかが難しいよね」と語る吉田さんだが、その手つきには迷いがない。ここにも、経験に裏打ちされた職人技が光る。

 大根と糠を樽いっぱいまで敷き詰めたら、一枚30kgもの重しを5枚乗せる。「重しが重ければ重いほど水分が抜けて歯ごたえが良くなるし、塩が少なくても良く漬かる」と吉田さん。

 3日目には重しが10cmほど下がり、水分がバケツにして4~5杯は出てくるという。水分を取りのぞく作業をしながら40日ほど漬け込むと、練馬たくあんのできあがりだ。

漬け込みを教えてくれた吉田さん。大根が輪っかになるまで柔らかくなれば干し上がった合図。

漬け込みを教えてくれた吉田さん。大根が輪っかになるまで柔らかくなれば干し上がった合図。

1:乾燥した干し大根の両端を切ることで、漬け込んだ時にさらに水分が出てよく漬かる。<br />
2:敷き詰めた大根と、調味した糠を交互に重ねていく。<br />
3:均等に漬け込むため、高さをそろえ、すき間なく大根を並べるのがポイント。<br />
4:漬け込み3日目の樽。重しでかさが減り、水分もたっぷり出てきている。

1:乾燥した干し大根の両端を切ることで、漬け込んだ時にさらに水分が出てよく漬かる。
2:敷き詰めた大根と、調味した糠を交互に重ねていく。
3:均等に漬け込むため、高さをそろえ、すき間なく大根を並べるのがポイント。
4:漬け込み3日目の樽。重しでかさが減り、水分もたっぷり出てきている。

 このような昔ながらの製法を踏襲した練馬たくあんは、練馬漬物事業組合の加盟社によって製造され、毎年行われる「ねりま漬物物産展」やJA東京あおば農産物販売所などで、 数量限定で販売される。今年2月7日から9日に開催された「第32回ねりま漬物物産展」で用意された約3,000本※も完売したという人気商品で、まさに“まぼろし”の特産品となっている。

 大根を干し上げる練馬の空っ風と、熟練の技による漬け込みによって生まれる、練馬たくあん。干し大根のうまみと、ほのかに感じる辛味、そして軽快な歯ごたえは、練馬で育まれたふるさとの味である。

※販売数は年によって異なります

40日間の漬け込みを経て完成した「練馬たくあん」。再び、練馬の風物詩となっている。

40日間の漬け込みを経て完成した「練馬たくあん」。再び、練馬の風物詩となっている。

農業を通じて子どもたちに伝えたい練馬の魅力

 「練馬大根育成事業」は、練馬大根や練馬たくあんを後世に残していくだけでなく、区民や小中学生に向け、練馬大根を通じた歴史や文化を伝えていく取り組みも行っている。

 練馬区内の小中学校では、練馬大根を使った給食が登場する。人気は、練馬大根を炒めて混ぜ込んだ「練馬ごはん」、おろした練馬大根とツナを乗せた「練馬スパゲティ」など。一般のレシピサイトにも“懐かしい練馬の給食”として投稿されるほど、練馬区民にとっては思い出の味となっているようだ。

 また、区民や小学校を対象とした体験農園も開催。種まき~間引き~収穫~たくあんの漬け込みまでを一貫して体験できるのが特徴で、小学校の総合学習としても取り入れられているという。先述の白石さんは、早くから体験農園のモデルを作りあげてきた先駆者でもあり、この20年間で5000人もの小学生を受け入れてきたという。

 「練馬区の小学校では、練馬大根を通じて地域の歴史や文化を学ぶことが教育目標の一つになっています。自分の手で大根を育てることで、時には虫に食べられたり、病気になったりすることが畑にはいっぱいあって、すべてが売られているもののように収穫できるわけではないんだよ、ということも学んでもらいます。だから、途中で枯れちゃった子にも『ガッカリしないでね』と伝えています。また収穫した日には、『必ずキッチンに家族と一緒に立って、大根の話をしながら大根の料理を一品作ってみんなでご飯を食べよう』という宿題を出しています。今は親の共働きが多く、個食の時代です。だからこそ、その日は子どもから親に『一緒にご飯を食べよう』といって、食卓を囲んで欲しいと思っています」。その眼差しは、子どもたちへの歴史と文化の伝承だけでなく、食育を通じた家族のあり方にまで注がれている。

 東京23区全体の農地のうち、40%を有するといわれている練馬区。都心の豊かさとは違う、自然や農業のある豊かさを練馬の魅力につなげていきたいと語る白石さん。

 「大量に生産して産地を目指すよりも、文化遺産的なものとして残していくことで、練馬の歴史と文化、そして魅力を伝えていくことが、私たちの役割だと考えています」

 一方で、農業の後継者不足の声も聞かれるなか、白石さんによると「東京の農家に対する後継者率は、全国平均よりも高い」とのこと。現在、練馬区では若い世代の農家が増えており、練馬で栽培される野菜のブランド化を進めよういう動きもあるという。文化伝承としての練馬大根を残しつつ、ブランド化によりしっかりと利益を出せる農業経営の両輪を考えている若手が増えているそうだ。都市型農業のあり方を模索する頼もしい若手たちの登場で、練馬の農業にも新しい風が吹きつつあるようだ。

区民や小学校を対象とした体験農園も開催。白石さんや吉田さんをはじめとする農家が参加し、練馬大根を通じた歴史と文化を伝承している。

区民や小学校を対象とした体験農園も開催。白石さんや吉田さんをはじめとする農家が参加し、練馬大根を通じた歴史と文化を伝承している。

※取材記事は漬物文化の啓発活動であり、販売目的ではございません。

 そのため、連絡先の掲載は差し控えさせていただいておりますこと、ご理解並びにご了承くださいませ。

 

※掲載内容は取材時の情報です。

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