全国漬物探訪

各地で伝え育まれてきた漬物を訪ね歩く

東海漬物

第45回 茨城県

取材時期:2018年11月

「ごさい漬け」という漬物をご存じだろうか。「茨城の、とある地域で作られている漬物がある」という情報を入手したものの、地元の人でもなかなか手に入らない、希少な漬物だという。素材となるサンマの漁獲量によっては作られない年もあるという話も聞き、直前まで取材ができるかどうかも分からないなか、ある鮮魚店で漬け込みの様子を見せていただけることに。まぼろしの「ごさい漬け」の秘密を探るため、いざ茨城県鉾田市に向かった。

サンマやイワシが揚がる時期に、家庭で漬けられてきた「ごさい漬け」。
今では貴重となったふるさとの味だ。

“まぼろし”の「ごさい漬け」、その名の由来とは?

 11月下旬の小春日和のなか、JR水戸駅から鹿島臨海鉄道に乗り換え、新鉾田駅を目指す。沿線には、地平線を望めるほどの田園風景が広がり、全国屈指の農産物産出額を誇る茨城県の一面を垣間見ることができる。

 鉾田市役所の商工観光課課長 田山昭雄さんの案内で向かったのは「皆藤鮮魚店」。

 店内では、店主の皆藤和男さんら家族3人が総出で、ごさい漬けの仕込みを始めていた。

“まぼろし”の漬物の全容を探る舞台となったのは、半世紀にわたりこの地で営業を続ける「皆藤鮮魚店」。

“まぼろし”の漬物の全容を探る舞台となったのは、半世紀にわたりこの地で営業を続ける「皆藤鮮魚店」。

 「今年は暖冬だから、発酵をうまく加減するのがむずかしいなあ」と話しながら、すでに漬け込みのために下処理を始めていたサンマを指さし、「ごさい漬けに使うサンマは、本当はこんなに脂がのってない方がいいんだよね」と皆藤さん。

 「ほら、脂が浮いているでしょ。これが酸化しちゃうから」。サンマは脂がのっている方が美味しいのだろうと思い込んでいたが、漬物となると事情が違うようである。

 ここで「ごさい漬け」について簡単に紹介しよう。ごさい漬けとは、大根とサンマ(イワシやサケを使うこともある)を塩と唐辛子で自然発酵させたもので、茨城県の鹿島灘沿岸地域(鉾田市・鹿嶋市など)に伝わる郷土料理である。以前はサンマが揚がる時期に保存食としてこの地域の各家庭で漬けられていたそうで、つくり方も味付けも各家庭によってさまざまだという。

 さて、ここで気になるのが「ごさい」という名前の由来。一説には、「後妻(ごさい)が、先妻の子どもに意地悪をするために食べさせた」いわゆる“美味しくない漬物”として作られたが、意外にそれが美味しかったために、広く食べられるようになったという話もある。しかし有力なのは、「サンマと大根、塩、ゆず、唐辛子など、5つの食材(五彩)を使っているから」(田山さん)という説のよう。この五彩も、家庭によってさまざまな食材が使われてきたようである。

 しかし近年では、ごさい漬けを仕込む家庭も減り、一般的に店頭に並ぶこともほとんどなく、なかなかお目にかかる機会も少なくなってきているという、まさに“まぼろし”の漬物。そんななか、毎年冬の時期にごさい漬けを作り続けているのが、この皆藤さんだ。

使用するのは脂の少ないサンマが理想。長年の経験でごさい漬けに適したものを見極める。<br />
※今回送っていただいた完成品は、脂の少ないサンマで漬けられたもの。

使用するのは脂の少ないサンマが理想。長年の経験でごさい漬けに適したものを見極める。
※今回送っていただいた完成品は、脂の少ないサンマで漬けられたもの。

素材の顔を見ながら漬け込む、長年の勘と経験が決め手

 この日は、ごさい漬けの漬け込みの様子を見せてもらった。まずはサンマの下処理から。新鮮なサンマを2~3cmのぶつ切りにする。この時、骨は取らない。「骨を抜くと、漬け込んだ時に身が潰れてしまうから」(皆藤さん)。残した骨も、ごさい漬けが完成する頃には柔らかくなるという。

左/サンマの下処理の様子。まずは内臓を取り、ぶつ切りに。<br />
右/たっぷりの塩と重しでサンマの血汁を抜く塩漬けは、重要な工程のひとつ。

左/サンマの下処理の様子。まずは内臓を取り、ぶつ切りに。
右/たっぷりの塩と重しでサンマの血汁を抜く塩漬けは、重要な工程のひとつ。

 ぶつ切りにしたサンマの身は、一昼夜(12~18時間)流水にさらして血汁を抜く。水がきれいになったところで、サンマの身が隠れるほどの、たっぷりの塩で塩漬けする。基本的には、分量は「長年の勘と経験」で決めているということだが、この時に使用したのは、サンマ20kgに対して、塩が15kgくらい。重しを載せて、サンマの状態を見ながら漬けていく。この下処理でしっかりと血汁を抜かないと、臭みの原因になるうえ、大根にも色が付いてきれいに漬けあがらないという。塩漬けして4日目のサンマを味見させていただくと、身に塩が入り相当に塩辛いものの、臭みなどはほとんどなくなっていた。

 塩漬けが終わったサンマの身をしっかり水洗いしたら、いよいよ大根と合わせて漬け込んでいく。 ここで、皆藤さんが使用するのは、「漬物大根」と呼ばれる“白首大根”。青首大根なども試したが、水分が多く漬け込むと潰れてしまうため、漬けてもしっかりと歯ごたえが残る「漬物大根」にいき着いたという。

 まずは皮付きのまま乱切りにした大根を漬け樽に5cmほど敷き詰めたら、その上にサンマ、大根、塩、ゆず、唐辛子と交互に重ね入れていく。漬け込む際の大根とサンマの割合や塩の量も、皆藤さんの長年の経験と勘によって加減する。「その時のサンマや大根の状態によって変わるから、数値化できないんだよね」と皆藤さん。ちなみにこの日は、サンマ20kgに対し、大根は60~70kgほどの割合とのこと。

左/塩漬けしたサンマを水洗いし、漬け込みへ。<br />
右/漬け樽に乱切りにした大根・サンマ・ゆず・唐辛子を段々に重ねていく。

左/塩漬けしたサンマを水洗いし、漬け込みへ。
右/漬け樽に乱切りにした大根・サンマ・ゆず・唐辛子を段々に重ねていく。

左/唐辛子は生と乾燥したものを両方使うのがこだわり。生の青唐辛子には甘みを引き出す役目も。<br />
右/自宅で採れたゆずもたっぷりと使用。さわやかな酸味がアクセントに。

左/唐辛子は生と乾燥したものを両方使うのがこだわり。生の青唐辛子には甘みを引き出す役目も。
右/自宅で採れたゆずもたっぷりと使用。さわやかな酸味がアクセントに。

 使用するゆずと唐辛子にもこだわりがある。ゆずは自宅で採れたものをたっぷりと使用。臭み取りの役割もあるが、塩だけで漬けるごさい漬けに、さわやかな酸味を加えるエッセンスとしても欠かせない素材だ。そして唐辛子は、なんと4種類を使用。乾燥した唐辛子は、輪切りにしたものと一本丸ごとのもの、そして生の赤唐辛子と青唐辛子も加える。これはご近所のお年寄りから教えてもらったもので、甘みのある青唐辛子を入れることで、味がまろやかになるのだという。

 材料を幾段にも重ねて、最後に漬け樽からあふれんばかりの大根を山盛りに詰め込んだら、重しを載せて漬け込みは終了。様子を見ながら10日~2週間ほど漬け込んだら、完成となる。

試行錯誤の末たどり着いた「漬物大根」は、身がしっかりしており、漬け込んでも歯ごたえが残る。

試行錯誤の末たどり着いた「漬物大根」は、身がしっかりしており、漬け込んでも歯ごたえが残る。

山盛りの状態で重しを載せる。漬けあがると半分ほどのかさになるという。

山盛りの状態で重しを載せる。漬けあがると半分ほどのかさになるという。

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誰が食べても“おいしい!”と思える「ごさい漬け」を目指して

 今回、お話を伺った皆藤和男さんは、現在62歳。父親が始めた鮮魚店を受け継ぎ、約40年になる大ベテランだ。しかしこの「ごさい漬け」、皆藤さんがつくり始めたのは、意外にも10年ほど前のことだという。

 「ごさい漬けは家庭によって味がまちまちで、昔は浜で拾ってきたイワシで漬けた、なんて話も聞くくらいで、正直、生臭くて美味しいとは言えないものもあった(笑)。売っているものにも美味しいと思えるものが少なくて、みんな醤油とか調味料をかけて食べたりするんだけど、そうじゃなくて、何も付けなくても本当に美味しいと思えるごさい漬けを作りたかった」

 あるレストランでごさい漬けを食べたときに、「これだ」と思った。そこから一念発起してごさい漬けを作り始めた皆藤さん。しかし、納得のいくものができあがるまでには、4~5年かかったという。「サンマが美味しいからと、大根を減らしてサンマの量を多くしたら発酵が進まなかったり、冷蔵庫で漬けたら発酵しなかったり。大根も皮をむいてみたらダメだったりと、何度も失敗もしたよ」。そんな中、地元の90歳になる“おばあ”から、ごさい漬けが美味しくなる秘訣を教えてもらったという。詳細は企業秘密だが、「漬け込んでいる間に、重しの重さを変える」のだとか。周囲のアドバイスを受けながら、皆藤さんのごさい漬けは、徐々に理想の完成形に近づいていった。今では、売り出すと3日程で売り切れてしまうという大人気商品だ。

店主の皆藤さん。納得のいく「ごさい漬け」を目指して試行錯誤を重ねてきた。

店主の皆藤さん。納得のいく「ごさい漬け」を目指して試行錯誤を重ねてきた。

 「特に宣伝はしてないけど、口コミで広がって今では遠方からも買いに来てくれる人がいる。たくさんは作れないから完売してしまうと申し訳ないけど、食べた人が喜んでくれるのが、一番うれしいよね」

 ごさい漬けをおいしく漬けるには、素材や分量だけでなく、天候も重要な要素となる。昼夜の寒暖差が大きいほどまろやかな味わいに漬かるが、気温が高いと酸味が先に出てしまったり、傷んでしまったりするという。いったん漬け込んでしまえば、仕上がるまで手を加えることができないため、その出来は漬けあがるまで分からない。何十キロにもなる重しの上げ下ろしも体力仕事で、大変な労力が必要になる漬物づくり。それでも、皆藤さんが作り続ける理由とは――。

 「やっぱり、『おいしい!』って言ってくれる人がいるからだよね。それ以外には望まないよ」

 試行錯誤の末にたどり着いたこだわりと、地域の人たちの思いが詰まった皆藤さんの「ごさい漬け」。漬けあがるまでには時間がかかるため、完成品は後日送っていただくこととし、皆藤鮮魚店をあとにした。(完成したそばから売れてしまうため、取材当日は完成品がなかったのである)

サンマの漁獲量や天候の変動に加え、体力勝負でもあるごさい漬けづくり。みんなの「おいしい!」が皆藤さんの原動力だ。

サンマの漁獲量や天候の変動に加え、体力勝負でもあるごさい漬けづくり。みんなの「おいしい!」が皆藤さんの原動力だ。

 鉾田市役所の田山さんに、このごさい漬けを生んだ鉾田市の食文化についてお話を伺った。太平洋に面し、関東ローム層の肥沃な土と広大な平地、そして涸沼(ひぬま)や北浦といった湖に囲まれた鉾田市は、日本でも有数の農業王国であり、特にメロンの産地として日本一を誇る。他にもサツマイモ、ゴボウ、水菜やイチゴ、トマトなど、「鉾田市でできない農産物はない」(田山さん)と言われるほど、多彩な農産物が、鉾田市から全国に出荷されている。

 「サツマイモの食べ方で「干しいも」は有名だけど、焼き芋を一度冷凍させたものを半解凍していただく、ユニークな食べ方もあるんですよ」と田山さん。スイーツ感覚の冷たい焼き芋は、ねっとりとした食感と甘さがやみつきになる美味しさだ。

 また海水と淡水が混じり合う汽水湖として知られる北部の涸沼(ひぬま)では、身が大きくぷっくりとした良質のシジミが採れ、南部の北浦はシラウオやワカサギや鯉などの川魚が釣れる人気の釣りスポット。太平洋に面した漁港はないものの、近隣の大洗や鹿島港から豊富な魚介類が水揚げされる。かつてはサンマも大量に水揚げされていたこともあり、豊富な農産物と海産物が融合した独特の食文化として、ごさい漬けが生まれたのかもしれない。

鹿島臨海鉄道・涸沼駅直結の「涸沼観光センター」。涸沼の自然をイメージした青い外観が印象的。

鹿島臨海鉄道・涸沼駅直結の「涸沼観光センター」。涸沼の自然をイメージした青い外観が印象的。

鉾田市役所 商工観光課課長の田山さん。

鉾田市役所 商工観光課課長の田山さん。

 12月の下旬、完成したごさい漬けが届いた。まずは、そのままいただいてみる。しっかりと発酵が進んだサンマに臭みはなく、身はねっとりとして濃厚な味わいで、まろやかに仕上がっている。大根も酸味が少なく、サッパリとしたゆずの風味と唐辛子がキリッときいて、箸が止まらない。コリコリとした大根と、ねっとりとしたサンマの食感の違いも、やみつきになる。サンマはサッパリとしたアンチョビのようでもあり、工夫次第では料理に応用することもできるかもしれない。皆藤さんによると、地元の年配の方の間では、水で洗って一味唐辛子(お好みで七味唐辛子でも)と醤油を少量垂らすという食べ方も一般的だという。そのままだとしっかりと塩が効いているが、水洗いすることで少ししょっぱさが和らぐせいか、醤油が大根とサンマをうまくまとめて、これまた違った味わいが楽しめる。

 まぼろしの「ごさい漬け」は、確かにあった。

 かつては家庭の味として盛んに漬けられていた郷土料理も、サンマの不漁や天候の変動、手間の多さや漬け加減の難しさなどにより、作る家庭が減ってしまったのかもしれない。そんなごさい漬けを作り続ける皆藤さんには、地元の人々の「おいしい!」という笑顔と、鉾田に伝わる郷土の味を、これからも守り続けていただきたい。

左/鉾田市のマスコットキャラクター「ほこまる」くん<br />
右/同観光センターにある壁画は、並んで写真が撮れるSNS映えスポットとしても人気。

左/鉾田市のマスコットキャラクター「ほこまる」くん
右/同観光センターにある壁画は、並んで写真が撮れるSNS映えスポットとしても人気。

その名の由来でもある“五彩”の彩りが鮮やかな「ごさい漬け」。真心こめて漬け込まれた郷土食は、まろやかで優しいふるさとの味がした。

その名の由来でもある“五彩”の彩りが鮮やかな「ごさい漬け」。真心こめて漬け込まれた郷土食は、まろやかで優しいふるさとの味がした。

※取材記事は漬物文化の啓発活動であり、販売目的ではございません。
そのため、連絡先の掲載は差し控えさせていただいておりますこと、ご理解並びにご了承くださいませ。

※掲載内容は取材時の情報です。

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