全国漬物探訪

各地で伝え育まれてきた漬物を訪ね歩く

東海漬物

第44回 群馬県

取材時期:2018年10月

キャベツ。今では年間を通して手に入れることができる、食卓でおなじみの野菜だ。夏秋キャベツの生産量日本一を誇るのは群馬県。その約9割を生産しているのが嬬恋村だ。嬬恋村のキャベツ畑の総面積は3000ヘクタール以上。7月から9月のピーク時には、1日約5万ケースものキャベツが全国へと出荷される。今やブランドとしても確立されている「嬬恋高原キャベツ」の地元では、どのような漬物が作られているのだろうか。

新鮮な朝採れキャベツをそのまま漬けた「まるごとキャベツの漬物」
嬬恋高原キャベツの魅力をまるごと味わえる逸品だ。

大胆なビジュアルにシンプルな味わい ホテルと生産者の情熱が生み出した「まるごとキャベツの漬物」

 10月上旬のよく晴れた日の朝、軽井沢駅で新幹線を降りた瞬間の一言は「寒い」。のちのち、その気候こそが嬬恋村の特産品「嬬恋高原キャベツ」を育むのだということを、身をもって知ることとなる。

 軽井沢駅から車で小1時間、木々が色づき始めた日本ロマンチック街道を抜けた先に嬬恋村を代表するリゾートホテルのひとつ「ホテルグリーンプラザ軽井沢」はある。地域に根ざしたホテルとして、レストランで使用する野菜も地元産にこだわっている。嬬恋高原キャベツも、新鮮なまま生で提供したり、ローストにしたり、和食の水菓子にアレンジしたりと、さまざまに工夫を凝らしたメニューを提供している。夏には朝市も開催しており、キャベツをはじめ、生で食べられるトウモロコシなど、地元の新鮮な朝採れ野菜を目当てに、多くの人たちが足を運ぶ。

 そんな中でも高い人気を誇るのが、「まるごとキャベツの漬物」。その名の通り、嬬恋高原キャベツをまるごと浅漬けにした豪快な漬物だ。お話を伺ったのは和食料理長の高橋稔さんと、営業企画課マネージャーの石渡健太さん。まずは高橋さんに、まるごとキャベツの漬物(以下、まるごと漬け)のつくり方を教わった。

左/キャベツの芯をくりぬく器具は、まるごと漬けのために開発した特注品。<br />
右/くりぬいた芯の穴に、唐辛子の輪切りを投入。

左/キャベツの芯をくりぬく器具は、まるごと漬けのために開発した特注品。
右/くりぬいた芯の穴に、唐辛子の輪切りを投入。

左/パッケージの袋に詰め、調味液を注ぐ。<br />
右/調味液を穴の部分に注ぐのが、まんべんなく漬けるポイント。

左/パッケージの袋に詰め、調味液を注ぐ。
右/調味液を穴の部分に注ぐのが、まんべんなく漬けるポイント。

 まるごと漬けは、その日の朝に採れたばかりの新鮮なキャベツのみを使用。厚い外側の葉を落とし、まるごと漬けのために作られた特注の器具でキャベツの芯をくりぬく。芯の周りの厚い部分をそぎ落として平らにしたら、だし昆布と唐辛子とともにパッケージとなる袋に直接詰め、調味液を注ぎ入れる。調味液は、キャベツの中心までしっかり漬かるよう、くりぬいた芯の穴に注ぐのがポイントだ。その後、真空パックにして完成。一晩おいた翌日には、ホテルの売店に並ぶ。実にシンプルである。

 12~13年ほど前から販売を開始し、地物のキャベツが採れるシーズン(7~10月上旬頃)限定で、1日50~60個ほど作られるという。なかには段ボールで買っていく人もいるという大人気商品だ。今でこそホテルの目玉商品ともなっているまるごと漬けだが、そこにはホテルとキャベツ生産者の、並々ならぬ情熱が込められていた。

調味液に入れる昆布と唐辛子。唐辛子はまるまる一本と輪切りにしたものを使用することで、ほどよい辛さが生まれる。

調味液に入れる昆布と唐辛子。唐辛子はまるまる一本と輪切りにしたものを使用することで、ほどよい辛さが生まれる。

 「キャベツをまるごと漬けてしまおうというアイデアは、やはり面白さから。切って漬けてしまっては普通ですからね。しかし一個のキャベツをまんべんなく漬けるのはやはり難しく、商品開発には3年ほど掛かりました」(高橋さん)

 「元祖かどうかは不明ですが、このまるごと漬けは、嬬恋村内では当ホテルが初だと思われます」(石渡さん)

 開発している最中には、白キムチやカレー味など、さまざまなバリエーションもあったという。しかし、素材となるキャベツそのものが美味しいのだから、余計な手を加える必要がないという結論になり、現在のシンプルな味付けに落ち着いた。

 「まるごと漬けを作ろうという話になったとき、生産者さんに『こういう漬物を作りたいんだけど、なにかいい品種はないだろうか』と相談して、ご提案していただいたのが”初恋”という品種。この”初恋”は他のものに比べて青臭さも少なく、何より葉肉が柔らかくて甘みがある。そのままで十分美味しいキャベツだからこそ、シンプルに味わっていただきたかった」(石渡さん)

真空状態にして一晩置いたものが売店に並ぶ。食べ頃は2日目頃がおすすめだそう。

真空状態にして一晩置いたものが売店に並ぶ。食べ頃は2日目頃がおすすめだそう。

 まるごと漬けの大きさは、直径約20cm。重さもゆうに1.5kgを超えており、一見するとその迫力に圧倒される。しかし「意外とペロッと食べられちゃうんですよ」と石渡さん。それはキャベツそのものの味を邪魔することなく、そのおいしさを存分に引き出す絶妙な配合で作られた、調味液のなせる技だろう。配合は企業秘密とのことだが、いかにキャベツのおいしさを引き出すかを試行錯誤した末にたどり着いた苦労を推し量れば、納得である。まるごと漬けは、そのまま食べるのはもちろん、パスタやチャーハンなどに入れても合うそうだ。

  この土地、この気候だからこそ生まれたキャベツ。そんなキャベツを作っているのはどんな方なのか。石渡さんの案内で生産者の方の畑へ伺った。

キャベツの持つ甘みやみずみずしさを引き出した繊細な味わいは、長年にわたって研究を積み重ねてきた情熱の結晶だ。

キャベツの持つ甘みやみずみずしさを引き出した繊細な味わいは、長年にわたって研究を積み重ねてきた情熱の結晶だ。

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キャベツの概念をくつがえす 本当に美味しい「嬬恋高原キャベツ」を作りたい

 「この先に本当にキャベツ畑があるのだろうか」と不安になるような山道をぐんぐん登っていくと、突然目の前に一面に広がるキャベツ畑が現れた。真っ青な空の下、標高1200mのバラギ高原にある、まさに“天空のキャベツ畑”である。空との距離が近いせいか、また雲もほとんどない晴天だったせいか、朝に感じた寒さとは一転、汗ばむほどの暑さ。なるほど、この寒暖差が嬬恋高原キャベツの甘さを生み出すのだと実感した。

 畑では、真っ黒に日焼けした生産者の羽生田(はにゅうだ)秀利さんと、まるまると育ったキャベツたちが出迎えてくれた。はち切れんばかりのキャベツに感動していると、「この時間(午後3時頃)のキャベツはもうくたびれているんだよ。一番みずみずしくて良い顔しているのは、やっぱり朝。朝露をたっぷり吸っている朝に来て欲しかったなあ」とのこと。嬬恋に降る朝露も、嬬恋高原キャベツを美味しく育む秘訣なのだ。

秋晴れの空の下、丹精込めて育てられたキャベツたちが並ぶ、標高1200mの“天空の農園”。

秋晴れの空の下、丹精込めて育てられたキャベツたちが並ぶ、標高1200mの“天空の農園”。

 ホテルグリーンプラザ軽井沢のまるごと漬けには、羽生田さんの農園から毎朝届けられる採れたての“初恋”が使われている。嬬恋では35種類ほどのキャベツが作られているが、この“初恋”は特に柔らかく、甘みもあって美味しいと羽生田さんは語る。

 「ホテルから相談を受けたとき、生のままで美味しいんだから、漬物になったらもっと美味しいだろうと思って。それに大きさも形もいい。それでこの“初恋”を提案したんです」

 柔らかく水分も豊富なぶん、傷みやすいため、普通の農家では7月後半頃までしか栽培されないが、羽生田さんの農園では、まるごと漬けのために10月頃まで生産している。

 「本当は朝が一番美味しいんだけど」と言いながら、羽生田さんは畑に植えてある“初恋”を採って味見させてくれた。ナイフを入れた瞬間、「ザクっ」という気持ちの良い音とともに、水分がはじけ飛んだ。ざく切りにしたキャベツを贅沢に厚めにいただく。バリバリバリッという鮮やかな歯ごたえとともに、口の中に広がる甘みはまるで果物のようだ。どうしたらこんなキャベツができるのか、羽生田さんに秘訣を聞いてみた。

 「標高1200mというこの土地、朝昼の寒暖差、そして嬬恋の朝露。それがキャベツを美味しくしてくれるんです。僕はその自然がキャベツを育んでくれるのをサポートしているだけ」

 とは言うものの、やはり自然が相手なだけに苦労は多い。天候が悪かった今年は、植え付けを始めた頃に雨が降らず、梅雨明けも気温の上昇も早かった。そのため、枯らさないように夜通し水やりをする日が続いたという。収穫のピーク時には、午前2時頃から作業を始める。一つひとつキャベツの顔を見ながら、手作業で収穫していくと、たっぷり朝露を吸ったキャベツからあふれる水分で、作業を終える頃には服がびしょびしょになるのだそう。

農園主の羽生田秀利さん。「本当に美味しいものを作りたい」一心で、30歳で農業の世界へ飛び込んだ。

農園主の羽生田秀利さん。「本当に美味しいものを作りたい」一心で、30歳で農業の世界へ飛び込んだ。

まるまると育った“初恋”。朝露をたっぷり浴びた早朝に収穫するのが一番美味しいという。

まるまると育った“初恋”。朝露をたっぷり浴びた早朝に収穫するのが一番美味しいという。

 羽生田さんが栽培しているのは、この“初恋”と、通称“419(麗峰)”と呼ばれる2つの品種。“419”は“幻のキャベツ”とも呼ばれており、”初恋”よりも更に柔らかく傷みやすいゆえに生産する農家も少なく、ほとんど市場に出回らない。こちらも試食させていただいただいたところ、切った瞬間にザバッと水分が流れ出てきた。“初恋”よりも厚いのに柔らかな葉肉は、噛むほどにホロホロと溶けてしまうような、不思議な食感。「レタスのようなキャベツ」(石渡さん)とも言われているそうで、芯や葉脈の固さもほとんどなく、サクサクとした食感とみずみずしさに、キャベツの概念を覆されてしまった。

 もちろん品種の特徴もあるのだろうが、羽生田さんの“美味しいものを作りたい”という情熱こそがこの味を育んでいる。羽生田さんは、キャベツを作り始めて約20年。家業を継いだのかと思いきや、30歳の時に自分で農家を始めたのだという。

 「最初は嬬恋高原キャベツを売るために、農家さんから野菜を集めて売る直売所を始めたんです。しかしお客さんから、『こっちのキャベツは美味しかったのに、こっちのは美味しくなかった』という声を聞くようになった。それで、本当に美味しいものを売るなら自分で作らなければいけないと思い、農家になったんです」

 畑も農業機械も、何もないところからのスタートだった。直売所で野菜を売りながら、小さな土地を少しずつ買い、徐々に畑を広げていった。「僕は『たくさん作りたい』わけじゃない。『美味しいものを作りたい』一心でやってきた。もう、ハングリー精神ですよ」と笑う。

 その羽生田さんのキャベツ栽培にかける情熱は、形となって現れ始めている。今やシーズン中の直売所には、駐車場に入りきらない車の行列ができる。中には、遠方から毎週訪れる熱烈なファンもいるそうだ。

ナイフを入れた瞬間「ざくっざくっ」と張りのある音が響く。厚めの層で贅沢にかじると、葉の間からあふれてくるみずみずしさと、優しい甘みが口に広がる。

ナイフを入れた瞬間「ざくっざくっ」と張りのある音が響く。厚めの層で贅沢にかじると、葉の間からあふれてくるみずみずしさと、優しい甘みが口に広がる。

魅力的な商品づくりで嬬恋産野菜の美味しさを伝えたい

 万座・鹿沢口駅近くにある嬬恋村観光案内所には、キャベツをはじめとした嬬恋村の野菜を使った特産品の数々が並ぶ。この日は、「キャベツのピクルス」などを生産している「きゃべつの丘工房」代表の牧野祐子さんにお話を伺った。

 もともとはペンションを経営していたという牧野さん。ランチで好評だったロールキャベツをより多くの人に提供したいと、レストランを始めた。嬬恋高原キャベツの消費に少しでも役立ちたい――。そんな想いから始まった牧野さんの取り組みは、徐々にキャベツを使った加工品へと発展していく。

 「最初は、ロールキャベツを作るときに出たキャベツの芯を酢漬けにしていたのですが、それを商品化したらどうだろうということになり、キャベツのピクルスが生まれました」

 現在、キャベツだけでなく、旬の嬬恋産の野菜でもピクルスを作っている。牧野さんのピクルスはハーブと粒胡椒が効いていて、瓶詰めのフタを開けた瞬間、ハーブのいい香りが漂ってくる。そして胡椒のスパイシーさが食欲をそそる。ピクルスに使う調味液は2種類のみだが、素材となる野菜の持ち味によって、まろやかにも、酸味のある味わいにも変化するのが特長だ。他には「ビーツ」を使ったドレッシングもあり、道の駅やマルシェ、朝市などで人気を博している。

嬬恋村観光案内所には、高原キャベツを使った特産品の数々が並ぶ。

嬬恋村観光案内所には、高原キャベツを使った特産品の数々が並ぶ。

左/「嬬恋村のキャベツを皆に知ってもらいたい」という思いから生まれたピクルス。<br />
右/「きゃべつの丘工房」の牧野祐子さん。<br />
素材の持ち味を生かした色鮮やかなドレッシングは、女性に大人気。

左/「嬬恋村のキャベツを皆に知ってもらいたい」という思いから生まれたピクルス。
右/「きゃべつの丘工房」の牧野祐子さん。
素材の持ち味を生かした色鮮やかなドレッシングは、女性に大人気。

 ロールキャベツから始まり、ピクルス、ドレッシングと、幅広い商品展開で嬬恋産野菜の魅力を発信している牧野さん。この経験を生かして、現在では6次産業(※)を目指す人たちに、講師としてピクルスの作り方を教えている。

 「同業が増えるのが心配じゃないの? と言われることもありますが、なにより嬬恋産の野菜の消費や発展に役立てるのがうれしい」と笑う牧野さん。さらなる商品開発にも精力的に取り組んでいこうと、ますます意気軒昂だ。

 嬬恋村に伺って印象的だったのが、生産者も漬物を作る人も、嬬恋の野菜を心から愛しているということ。“おらが村のキャベツ”に誇りを持ち、それぞれにその美味しさを届けたいという熱い情熱を持っている。ぜひ嬬恋村まで足を運んで、キャベツに“恋した”人たちの、あふれる愛情にふれてみてはいかがだろうか。 

キャベツの生産量日本一を誇る嬬恋村では、さまざまな形で「嬬恋高原キャベツ」の魅力を届けている。

キャベツの生産量日本一を誇る嬬恋村では、さまざまな形で「嬬恋高原キャベツ」の魅力を届けている。

※取材記事は漬物文化の啓発活動であり、販売目的ではございません。
そのため、連絡先の掲載は差し控えさせていただいておりますこと、ご理解並びにご了承くださいませ。

※掲載内容は取材時の情報です。

(※) 6次産業とは、農林漁業本来の1次産業だけでなく、2次産業(工業・製造業)・3次産業(販売業・サービス業)を取り込むことから、1次産業の1×2次産業の2×3次産業の3のかけ算の6を意味しています。言葉の由来は、東京大学名誉教授の今村 奈良臣(いまむら ならおみ)先生が提唱した造語と言われています。(農林水産省ホームページより)

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