全国漬物探訪

各地で伝え育まれてきた漬物を訪ね歩く

東海漬物

第43回 山梨県

取材時期:2018年5月

その食感から、“カリカリ漬け”と呼ばれて親しまれている小梅の漬物。小梅の生産量全国一を誇る山梨県では、梅干しよりも梅漬けのほうがなじみ深いといわれており、家庭の食卓にはもちろん、「甲州小梅漬け」として土産物としても人気だ。甲府盆地の気候が育んだ自然の恵みから生み出される、カリカリ漬けのふるさとを訪ねた。

ころりとした小さな実が特徴の「甲州小梅のカリカリ漬け」
山梨の食卓だけでなく、お弁当にも欠かせない小さな名脇役だ。

甲府盆地の風土に根付き、守り継がれた小梅の里

 駅やスーパーで売られているお弁当のご飯の上に、ちょこんと鎮座する小さな赤い梅の実。小さいからといってあなどるなかれ。一口に頬ばれば、意外に存在感のある酸っぱさがキュッと口の中に広がる。かじるとその実は思ったよりも肉厚で、小粒ながらにご飯を進ませるお弁当の名脇役である。

 この小さな梅漬けに多く使われているのが、甲州小梅と呼ばれる山梨県を代表する特産品だ。県内で広く栽培されている品種のひとつで、種が小さく、果肉が厚いのが特徴。江戸時代の後期にはすでに県の特産として知られていたといわれている。庭木としても親しまれてきたこの甲州小梅の実を塩漬けし、天日に干さず固いまま調味液に漬け込んだものは「カリカリ漬け」と呼ばれている。地元の人々にとって梅の漬物と言えば、この甲州小梅漬けが身近なのだそう。一般的な梅干しと同じように漬けたものは「小梅干し」と呼ばれている。

 5月中旬、じわりと夏を思わせる気温の中、甲府駅に降り立った。武田信玄公のお膝元としても有名なこの地は、小梅の産地として日本屈指の生産量を誇る。夏は暑く、冬は寒い甲府盆地特有の気候が、小梅の生育に適しているのだそう。収穫作業がピークを迎えていた小梅農家、中村芳雄さんの農園を訪ねた。

五月晴れのこの日、梅園から望むのは雄大な富士山。甲府盆地特有の気候が小梅を育む。

五月晴れのこの日、梅園から望むのは雄大な富士山。甲府盆地特有の気候が小梅を育む。

小梅作り50年の中村芳雄さん。今年は天候にも恵まれ、良い出来だったとのこと。

小梅作り50年の中村芳雄さん。今年は天候にも恵まれ、良い出来だったとのこと。

 甲府駅から車を走らせること約30分、甲斐市の山あいに中村さんの農園はある。雲ひとつない晴天のこの日、青々とした富士山を望む農園で、親族総出で小梅の収穫作業が行われていた。梅の木の下にブルーシートを敷きつめ、棒で枝を叩きながら実を落としていく。実を直接叩かないように気をつけながら、梅の実が落ちやすそうな枝の間を狙って叩いていくのがポイントだそう。

 小梅は、用途によって収穫時期をずらし、カリカリ漬けには12~13mm程度、梅干しや梅酒などには20mm以上の大きさまで実を太らせたものを使うという。

 「今年は天候にも恵まれ、豊作だった」と笑顔を見せる中村さんは、梅を作り続けて約50年という大ベテラン。かつては盛んだった小梅栽培も、高齢化や価格の下落などにより農家の数も減少しているなか、中村さんはふるさとに根付いてきた小梅の栽培を続けている。

 「小梅はその年の気候によって収穫量が変わるし、年中手入れも必要で大変だけど、やっぱり愛着がある。できる限り作り続けていきたいよね」

 しょっぱい、すっぱいというイメージで、若い人たちの梅漬けや梅干し離れもある。新しいアイデアや商品開発で、山梨の小梅の魅力をより広めていきたいというのが、中村さんの願いだ。

上・左下/収穫は、木の枝を棒で叩いて実を落とす。梅の実を傷つけないように、叩く場所を見極めるのが職人の技。<br />
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右下/梅干しや梅酒に加工するものは、20mm程度の大きさまで実を太らせる。

上・左下/収穫は、木の枝を棒で叩いて実を落とす。梅の実を傷つけないように、叩く場所を見極めるのが職人の技。

右下/梅干しや梅酒に加工するものは、20mm程度の大きさまで実を太らせる。

南アルプスの自然の恵みが生み出すふるさとの味

 あのカリカリとした食感は、どのようにして生まれるのか。農園を後にして、南アルプス市の漬物メーカー「共進食品工業」を訪ね、カリカリ漬けの製造工程を見学させていただいた。お話を伺ったのは、社長の佐久間一壽さん。

 農家や農協から運び込まれた小梅は、トラックの荷台からローラーを通し、規格以下の小さな梅や葉っぱなどをふるい落としてからタンクに流し込まれる。あらかじめ約11%の塩水を張ったタンクに小梅を流し込むことで、小梅に傷がつかないよう工夫している。使用している水は南アルプスの伏流水。山梨の食材や自然の恵みを存分に生かした漬物作りがこだわりだ。 

入荷した小梅は、ローラーでふるいにかけて規格より小さな実や不要物を取り除き、塩水を張ったタンクに流し込む。塩漬けに使用するのは、地下60mからくみ上げた南アルプスの伏流水。

入荷した小梅は、ローラーでふるいにかけて規格より小さな実や不要物を取り除き、塩水を張ったタンクに流し込む。塩漬けに使用するのは、地下60mからくみ上げた南アルプスの伏流水。

 タンクに小梅がいっぱいになったところで、約40日間かけて追い塩をし、最終的には23%まで塩分濃度を高めていく。この過程で、カルシウムを含むトコブシの貝殻を投入する。小梅は、自ら持つ酸が実を柔らかくしてしまう作用があるため、固いまま漬けるには、その酸を中和するアルカリ性の原料が必要になる。同社ではできるだけ自然のものを使いたいと、試行錯誤の末にたどり着いたのが、トコブシの貝殻なのだという。

タンクいっぱいの小梅は、約3ヶ月かけてじっくりと塩漬けされたあと、用途別に選別されて加工される。

タンクいっぱいの小梅は、約3ヶ月かけてじっくりと塩漬けされたあと、用途別に選別されて加工される。

 「カルシウムは多く入れすぎると苦みが出てしまう。粉状のものだと調節が難しいが、貝なら溶け具合で状況も見極めやすい」と佐久間社長。他社ではにがりを使うなど、それぞれに工夫を凝らしているそう。ちなみに家庭で漬ける場合は、卵の殻を使うレシピもあるのだとか。

 塩度を上げる間、2日に1回はポンプを使ってタンク内の塩水を循環させる。こうすることで、タンク内の上下の塩度を均一に保ちながら小梅を漬けることができる。塩度が23%に達したあとは約2ヶ月間漬け置く。その後、ポンプで実を吸い上げ、梅の大きさによって5種類に選別。12~18mmサイズのものがカリカリ漬けに使われる。

 選別された後は洗浄、味付けなどの工程を経て、色づきと塩度を確認し、脱塩して11%程度の塩度になったら、カリカリ漬けの完成。漬け込みから最低でも3ヶ月かかるという。

カルシウム剤として使用するトコブシの貝殻。溶け具合を見極めながらカリカリの食感に仕上げていく。

カルシウム剤として使用するトコブシの貝殻。溶け具合を見極めながらカリカリの食感に仕上げていく。

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小気味よいカリカリ食感を生む技と工夫

 カリカリ漬けの魅力は、なんといってもその歯ごたえ。名前の通りカリカリにするために、さまざまな工夫や長年の経験で培った技術が活かされている。

 まず重要なのは、使用する小梅の状態。完熟していると漬けても固くならないため、青い状態で新鮮なうちに塩漬けするのがポイント。「熟した小梅でも表面だけは固くすることができますが、中は柔らかくなってしまう。入ってきた梅の状態で漬け具合が変わってしまうため、生梅の品質管理は厳密にしています」

共進食品工業の佐久間一壽社長。長年の経験で培った知恵と工夫で、食感にこだわったカリカリ漬けを作り続ける。

共進食品工業の佐久間一壽社長。長年の経験で培った知恵と工夫で、食感にこだわったカリカリ漬けを作り続ける。

 さらに、追い塩は2日で塩度が1%上がる量が目安で、約40日かけてゆっくり塩を入れていくのだという。

 「一気に塩を入れると梅にシワが寄ってしまうんですが、小梅の状態によっては早く塩度が達してしまう場合もある。だから毎日の塩度チェックと工程管理は重要ですね。いかにシワを寄せないように漬けるかが腕の見せどころです」

青い状態での鮮度が仕上がりを左右するため、生梅の品質管理は特に注意を払う。

青い状態での鮮度が仕上がりを左右するため、生梅の品質管理は特に注意を払う。

 長年の経験で梅の状態と漬かり具合を見極めながら、細心の注意を払って作られるカリカリ漬け。同社では小梅干しも作っているが、生産量は圧倒的にカリカリ漬けが多いという。軟化しやすい甲州小梅であるが、山梨県のカリカリ漬けは、1年置いてもほとんど固さが変わらない。漬け方の違いにもよるそうだが、「カリカリ漬けは歯ごたえが命」という強いこだわりがうかがえる。この地では梅干しよりも梅漬けが先に作られ始めたともいわれており、その歴史も山梨県の人々のカリカリ漬けへの思い入れにつながっているのかもしれない。庭に梅の木がある家庭では自家製のカリカリ漬けを作る人も多いそうだが、佐久間社長によると、家庭で作る場合、赤じそと梅を別々に漬け、食べる1週間前に合わせるとしっかりと固く漬けることができるとのこと。

 小梅農家の減少とともに、生産量も年々減少傾向にあるという甲州小梅のカリカリ漬け。しかし、お弁当のフタを開けたときにフッと香る小梅の香りに、食欲だけでなくワクワク感を駆り立てられる人も多いのではないだろうか。どこか郷愁を誘う、ご飯の上の小さな赤い一粒。日本に残したい景色のひとつである。

上/左からSサイズ、MSサイズ、Mサイズ。カリカリ漬けに使用されるのはMSまでの大きさ。<br />
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下/スーパーや土産物店で売られているカリカリ漬けは、食べ応えのあるMSサイズが人気。山梨で愛され続けるふるさとの味だ。

上/左からSサイズ、MSサイズ、Mサイズ。カリカリ漬けに使用されるのはMSまでの大きさ。

下/スーパーや土産物店で売られているカリカリ漬けは、食べ応えのあるMSサイズが人気。山梨で愛され続けるふるさとの味だ。

※取材記事は漬物文化の啓発活動であり、販売目的ではございません。
そのため、連絡先の掲載は差し控えさせていただいておりますこと、ご理解並びにご了承くださいませ。

※掲載内容は取材時の情報です。

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