全国漬物探訪

各地で伝え育まれてきた漬物を訪ね歩く

東海漬物

第17回 岩手県

取材時期:2010年10月

 岩手県南部で栽培されている「芭蕉菜」は、アブラナ科の二年草で、独特な風味と辛みのある青菜。寺社・庭園等に観賞用に植えられる「芭蕉の木(バナナの一種)」の葉に似ていることから「芭蕉菜」と名付けられたという。東北では珍しい菜漬を訪ねるうちに、興味深いつながりが見えてきた

岩手県江刺地区の「芭蕉菜漬け」。からしの様な辛みと風味が特徴(手前が浅漬けで奥が本漬け)

東北に伝わる「芭蕉菜」と「山形青菜」

 芭蕉菜は8月下旬から9月上旬にかけて種をまき、10月から11月にかけて収穫する青菜で、主に漬物用として岩手県南部で親しまれている。葉は幅広く肉厚で、パリッとした食感が特徴。そのため、漬け込んでもしんなりせずに歯ごたえがあり、辛味があって、独特の風味が楽しめる。通常は40~50cmで収穫するが、栽培の仕方では80cm以上になり、ツケナ類の中でも葉が大きい。

 東北から北関東にかけて「芭蕉菜」と呼ばれるツケナが栽培されているが、そのうちの「仙台芭蕉菜」はナタネの仲間で辛みが少ない。呼び名は似ているものの、辛みのある芭蕉菜と区別するために「仙台」という地名を付けたようだ。

 一方、「芭蕉菜」はタカナの仲間で、山形県の名産である「山形青菜(やまがたせいさい)」と同じ系統といえる。山形青菜が山形県で栽培されるようになったのは、1908(明治41)年のこと。山形県農事試験場(現農業総合研究センター)で、奈良県から種子を導入し試作したところ、品質が優れていたことから栽培が始まった

8月に蒔いた種は、2ヵ月も経つと40〜50cmに育ち収穫ができる。

8月に蒔いた種は、2ヵ月も経つと40〜50cmに育ち収穫ができる。

葉は幅広く肉厚。パリッとした食感と辛みがある。

葉は幅広く肉厚。パリッとした食感と辛みがある。

代々伝わる「江刺の味」を守るために

 「岩手県でも、昔ながらの芭蕉菜を作っているのは江刺地区だけなんです。農家が自家用に栽培している野菜で、自家採種をしながらそれぞれの家で作り続けてきました」

 そう話すのは、県南広域振興局・経営企画部産業振興課の佐藤明子さん。2006年に合併して現在は奥州市江刺区になっているが、以前から旧江刺市にしかなかったツケナだという。

 江刺区にある高善商店は、1797(寛政9)年に創業した老舗の麹屋。地元の特産品に注目して、25年ほど前から芭蕉菜の漬物を製造・販売している。芭蕉菜の浅漬け、本漬け、粕漬けなどのほか、甘酒も人気商品だ。

芭蕉菜の通年栽培を試みる、せいぶ農産ダイレクトの佐藤さん

芭蕉菜の通年栽培を試みる、せいぶ農産ダイレクトの佐藤さん

 ところが、高齢化で契約農家の数も年々減少し、最後は2軒にまで減ってしまった。危機感を覚えた高橋眞平社長は、「南いわて食産業クラスター形成ネットワーク(食クラ)」に相談を持ち込み、せいぶ農産ダイレクトが芭蕉菜の栽培を請け負うことになった。食クラは2007年に設立され、農業生産法人・製造業・飲食店・ホテル・流通業など県南の食産業の関係者(現在、142団体)で構成されている。会員間で連携し、雇用促進・新商品開発・販路拡大に取り組んでいる。

 「これまでは個人の農家にお願いしていたので、芭蕉菜の大きさにバラつきがあり、集荷数も安定しませんでした。せいぶ農産ダイレクトさんにお願いしたことで、一定の大きさでたくさんの原材料が調達できるようになることを期待してます」

 地元農家から種を引き継ぎ、2009年から試験的に栽培を始めた。現在も、芭蕉菜の種は採種を専門にしてくれる人にお願いしている。

地元の農家から大切に引き継いだ「芭蕉菜」の種

地元の農家から大切に引き継いだ「芭蕉菜」の種

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通年栽培への挑戦と工夫

 せいぶ農産ダイレクトは、JAに出荷するのではなく、県内や関東の量販店、カット加工業者、学校給食等と契約栽培を行なう農業生産法人。パートの雇用形態に特徴があり、主婦が参加できる農業の取り組みとして「3時間農業」を提唱している。

 「高善商店さんから話を聞く前に、種屋さんで買った種で芭蕉菜を作ったことがあるんです。でも欲しいと言われていた地元の人に『これは芭蕉菜ではない』と言われてしまいました」

  そう振り返るのは、農産課主任の佐藤孝志さん。おそらく、そのときに栽培したのは仙台芭蕉菜で、辛みが少ないものだったのだろう。

 8月にニンジンを収穫したあとで、芭蕉菜の種をまく。筋まきして間引きを行ない、2か月後に40~50cmになったら収穫する。ほかの野菜と比べると、ほとんど手間がかからないという。

芭蕉菜漬けには、40〜50cmで収穫するのがちょうどいい

芭蕉菜漬けには、40〜50cmで収穫するのがちょうどいい

 芭蕉菜漬けは年間を通じて売れているため、旬の秋以外にも栽培できないか試行錯誤が続いている。冬の間にハウスで栽培してみたが、辛みが少なくて芭蕉菜の特徴があまりなかった。春に種をまいて、6月ごろに収穫したものは比較的いいようだ。

 高善商店の高橋社長は言う。

 「氷温貯蔵や急速冷凍などの方法も研究中ですが、どうしても色が落ちて、食感が悪くなるんです。やはり、秋の収穫量を増やして、塩漬けで保存するのがいいのかもしれません」

 芭蕉菜の浅漬けは、収穫した葉を7%の塩に3日間漬け、洗浄してから調味液を入れてパックにする。本漬けは15%の塩とウコンで漬けて、3か月後に塩分濃度10%で漬け替え、半年から1年寝かせている。このほか、切り干し大根や昆布を混ぜた商品や粕漬けなどを販売している。

 

さまざまな「芭蕉菜漬け」。手前から‘浅漬け’‘本漬け’‘切り干し大根と昆布漬け’‘粕漬け’

さまざまな「芭蕉菜漬け」。手前から‘浅漬け’‘本漬け’‘切り干し大根と昆布漬け’‘粕漬け’

辛くなければ「芭蕉菜」ではない

 高善商店をあとにして、同じ江刺区で牛の肥育をしている伊藤義子さんを訪ねた。

 「最近の芭蕉菜は姿はいいけど辛みが少ない。ウチの芭蕉菜は辛いでしょ。前は自分で作って食べるだけだったけど、今は道の駅で販売できるので楽しみになりました。一度食べた人は、私のが辛くていいとまた買ってくれます」

 どうやら芭蕉菜を作る農家の間では、どの家の種が辛いかで自慢になるようだ。伊藤さんの自家製粕漬けをいただくと、たしかに辛子が入っているのではないかと思うほどピリッとする。伊藤さんは、隣のおばあちゃんが実家からもらったという種を受け継いでいる。

 粕漬けの作り方は、生の葉を洗ってから切り、酒粕・ザラメ・塩を配合して1週間ほど漬ける。収穫した生の葉を2時間毎に返しながら半日干すと辛みが増すという。

 そのほかの家庭では、塩分濃度10%くらいで浅漬けにするのが一般的。この濃度だと春まで保存できるらしい。間引き菜と同じように、生で刻んで味噌汁に入れることもあるそうだ。

芭蕉菜を作る農家の伊藤さん

芭蕉菜を作る農家の伊藤さん

 冬の寒さが厳しい東北地方には青菜が少ない。芭蕉菜は寒さに強く、畑に置いておいても凍らずに、翌春でも収穫できる。少し雪がかぶると、柔らかくなってトロみが出て、それがまたおいしいという。

 「ほかに『ふすべ』という食べ方があって、さっと湯がいて味噌をからめるんです。目が痛くなるほど辛みが出るので手早くやります」

 この話を聞いて、山形県米沢市の「雪菜」を思い出した。雪中貯蔵して出てきた新芽を食べるのだが、生ではほとんど感じない辛みが、さっと湯どおしすると出てくる。湯通しすることを、同じように「ふすべる」と言っていた。

 山形県で食べられている山形青菜が江刺地区に伝えられて、その土地の環境に応じた辛みが現れ、代々受け継がれてきたのではないだろうか? その始まりは、もしかしたら山形から来たお嫁さんが種を持ってきたのかもしれない。

 

伊藤さん自家製の「芭蕉菜の粕漬け」。産直施設で販売している。

伊藤さん自家製の「芭蕉菜の粕漬け」。産直施設で販売している。

※取材記事は漬物文化の啓発活動であり、販売目的ではございません。
そのため、連絡先の掲載は差し控えさせていただいておりますこと、ご理解並びにご了承くださいませ。

※掲載内容は取材時の情報です。

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