全国漬物探訪

各地で伝え育まれてきた漬物を訪ね歩く

東海漬物

第19回 韓国・前編

取材時期:2010年12月

これまで国内の漬物を訪ねてきた「全国漬物探訪」も、ついに海外へ足を延ばすことになった。スーパーで普通に売られ、日本の食卓にも並ぶようになったキムチの故郷を訪ねて韓国へ向かった。一言でキムチといっても、さまざまな種類がある。韓国の漬物事情を、前後編の2回にわたってレポートする。

広蔵市場で白菜キムチを漬け込むアジュモニ

 ソウルにある「広蔵(クァンジャン)市場」は、1905年にできた韓国初の常設市場。布地や韓服、寝具などを扱う市場としてスタートしたが、今は200軒もの屋台が立ち並び、「食い倒れ横丁」と呼ばれている。その場で小麦粉をこねて麺を打っているカルククス、緑豆をペーストにしてたっぷりの油で焼いたピンデトック、豚の血液やもち米を詰めた韓国式ソーセージのスンデなど、地元のグルメガイドにも登場する人気エリアである。

屋台の客で賑わう広蔵市場の中央アーケード

 屋台が集まる中央アーケードから路地を進むと、食料品店が軒を並べている。まっさきに目に付いたのが黄色いたくあん。日本統治時代に伝わったもので、うどん屋や洋食店では小さく切ったたくあんを出してくれることが多い。キムチ売り場には辛子明太子のようにさまざまな魚の卵を漬けたもの、小魚やエビなどを漬けたもの、青唐辛子やエゴマ葉や山菜などを漬けたもの、大根やニンニクや柿などを丸ごと漬けたものもあった。アミの塩辛を扱う店には、イワシやイシモチの塩辛もあり、漬け汁は魚醤として売られている。

 キムチが並ぶ店先で、白菜キムチを漬け込んでいるアジュモニ(おばさん)がいた。韓国のキムチは、旬の素材をそのときに漬けて食べる場合と、白菜などをたくさん甕(かめ)に仕込むキムジャン(冬場のキムチ作り)がある。

 その横ではワタリガニを醤油漬けにしたカンジャンケジャンが売られていた。タマネギやニンニクなどの野菜を刻み入れた醤油ベースのタレに生のワタリガニを漬けて熟成させたもので、韓国では「ご飯泥棒」といわれるほど絶好のおかずになる。

上:(奥から)ニンニク粒、ニンニク丸ごと、大根、柿、エゴマ葉
下:(奥から)大豆の煮物、海藻、魚やイカの塩辛

左:手前:魚の塩辛/奥:アミの塩辛
右:ワタリガニを醤油漬けにしたカンジャンケジャン

韓国のキムチは「五味五色」

 キムチという言葉は「野菜の塩漬け」を意味するチムチェ(沈菜)に由来し、それがしだいに訛ってキムチになったそうだ。初期のキムチは単純に野菜の塩漬けだったが、12世紀ごろから各種の香味野菜が加わるようになり、独特な風味に進化した。その後、日本を経由して唐辛子が韓国に伝わり、18世紀ごろからキムチ作りに欠かせない素材になった。キムジャンが盛んになったのは、19世紀に結球白菜の栽培が普及したことがきっかけだった。

どこの食堂でも、料理を頼むと数種類のキムチと野菜の小皿料理が並ぶ

どこの食堂でも、料理を頼むと数種類のキムチと野菜の小皿料理が並ぶ

 主原料の種類や形、香味野菜の使い方によって、さまざまなキムチがある。主原料の分類だけでも200種類近くあり、白菜キムチ類、大根キムチ類、キュウリキムチ類、その他の野菜キムチ類、海藻類キムチ類などがある。

 日本料理は淡泊でさっぱりした味に特徴があるが、韓国料理はさまざまな味が互いに重なり、ごちゃ混ぜになって調和しているところに大きな特徴がある。何種類もの野菜のナムルが載ったビビムパがその代表格で、ゴマ油やコチュジャン(もち米の唐辛子味噌)をかけて、しっかり混ぜてから食べるのが作法。

さまざまな野菜が載ったビビムパ(左)と石焼きビビムパ(右)。食べる際にしっかり混ぜるのが韓国流

さまざまな野菜が載ったビビムパ(左)と石焼きビビムパ(右)。食べる際にしっかり混ぜるのが韓国流

 韓国の食文化のベースにあるのが「五味五色」で、五味(辛、甘、酸、鹹=しょっぱい、苦)と五色(青・赤・黄・白・黒)のバランスを取ることが意識されている。

 韓国の五色は、緑野菜の青(緑)、唐辛子の赤、卵黄の黄、卵白の白、海苔の黒が基本。さまざまな食材の色味を考えながら、五味のバランスを考えて調味し、たくさんのおかず(キムチ)を食卓に並べることで、栄養バランスのとれた健康的な食生活を実践してきた。

 例えば白菜キムチは、白菜の葉の緑部分(青)、唐辛子(赤)、白菜の葉の黄色部分やショウガ・ニンニクなど(黄)、白菜の葉の部分(白)、塩辛などの薬味類(黒)の要素がある。白菜や大根は甘味を基準に選ばれる。ヤンニョムには唐辛子粉と塩だけでなく、細ネギ・ショウガ・ニンニクなどの薬味、甘い果物や砂糖が加わって五味を構成する。韓国唐辛子は日本のものと比べて辛味が3分の1で甘味が1.5倍あり、赤い色素は2倍、ビタミンCも2倍あるとされる。

 これらを漬け込むことで乳酸発酵で熟成され、独特な酸味が出てくる。

 白菜を生で食べればサラダに、加熱すればスープに、発酵させればキムチになるというように、韓国の食文化の基礎に発酵食品があることは間違いない。そして韓国の漬物の大きな特徴は、漬け汁を捨てずに利用したり、そのまま味わう点だ。西洋のピクルス、中国のザーサイ、日本のぬか漬けなどは、漬けた汁やぬかを落として野菜だけを食べる。韓国の食卓には箸とスプーンが欠かせないのは、漬け汁を楽しむ文化が背景にあるからである。

韓国の唐辛子は、日本のものより辛味が少なく甘味が強い

韓国の唐辛子は、日本のものより辛味が少なく甘味が強い

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韓国で一番おいしいと評判の全州キムチ

 ソウルから高速バスで約3時間、全羅北道の全州(チョンジュ)市を訪ねた。全羅北道は韓国でも有数の穀倉地帯で、各種の山菜を使ったぜいたくな料理がある。さらに全羅南道からは豊富や海産物が運ばれ、裕福な両班たちが代々すぐれた料理法を伝承してきたことから、韓国では「食は全州にあり」と言われている。味付けは辛くてしょっぱいが、噛むほどに甘味が出るものが多い。塩辛のような発酵食品が多く、ミッパンチャン(基本的な常備菜)が豊富に並ぶ。

昔ながらの風景が残る全州(チョンジュ)韓屋村

昔ながらの風景が残る全州(チョンジュ)韓屋村

 韓国の伝統家屋が700棟も密集している全州韓屋村で、キムチ作りを教えてもらった。まず初めに塩漬けを行なう。白菜は水分が少ないものを選び、下側の半分まで包丁で切れ目を入れてから、手で裂くようにする。塩をまぶして塩水に5~6時間漬けて、自然な状態で5~6時間かけて水切りをする。白菜のうまみが抜けてしまうので、手で絞ってはいけないそうだ。

 ここでのヤンニョム(薬念)の材料は、大根、ニンジン、細ネギ、ニンニクのすりおろし、唐辛子粉、塩、イワシの塩辛、アミの塩辛。これらを混ぜたものをもち米を溶いた汁でのばし
て使う。すべての葉の表と裏に、具も挟み混ようにしてヤンニョムを塗り込んでいく。この作業によっておいしさが決まるので、主婦の腕の見せどころだとか。最後にいちばん外側の葉で全体を包むようにひと塊にする。

1.半割にして塩を振った白菜に塩水をかけ、5~6時間漬ける<br />
2.葉が下に向くように並べ、自然な状態で水切りをする<br />
3.全州のヤンニョムは、アミの塩辛がたくさん入るのが特徴<br />
4.下漬けした白菜の葉の裏表に丁寧にヤンニョムを塗り込む<br />
5.最後にいちばん外側の葉で全体を包んでまとめる

1.半割にして塩を振った白菜に塩水をかけ、5~6時間漬ける
2.葉が下に向くように並べ、自然な状態で水切りをする
3.全州のヤンニョムは、アミの塩辛がたくさん入るのが特徴
4.下漬けした白菜の葉の裏表に丁寧にヤンニョムを塗り込む
5.最後にいちばん外側の葉で全体を包んでまとめる

 密閉容器や樽などに詰めて、いちばん上にラップをかけて空気が入らないようにして、白菜が浮かないくらいの重しをして蓋をする。

 冬場は涼しい部屋に置き、3~5日ごろから食べごろになる。2~3週間を過ぎると発酵が進んで酸味が出てくるので、鍋や炒め物などに使う。

 韓国の主婦は、コチュジャン作りが始まる秋から忙しくなる。コチュジャンやテンジャン(豆味噌)を仕込み、キムジャンが一段落すると、やっと今年が終わったと思うそうだ。
キムジャンを終えて味見したセンギムチ(漬けたてキムチ)には、野菜の甘味とアミの塩辛の風味が凝縮されていた。

左:キムチ専用の冷蔵庫<br />
右:キムチ作りの後に供された、なつめ、シナモン、しょうがなどが入った甘いマッコリ

左:キムチ専用の冷蔵庫
右:キムチ作りの後に供された、なつめ、シナモン、しょうがなどが入った甘いマッコリ

※取材記事は漬物文化の啓発活動であり、販売目的ではございません。
そのため、連絡先の掲載は差し控えさせていただいておりますこと、ご理解並びにご了承くださいませ。

※掲載内容は取材時の情報です。

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