全国漬物探訪

各地で伝え育まれてきた漬物を訪ね歩く

東海漬物

第21回 北海道

取材時期:2011年5月

 北海道の漬物と聞いて真っ先に思い浮かべるのが、白菜やニンジンなどの野菜と紅鮭やカニなどの海産物を層にして漬け込んだ「はさみ漬」だが、山菜を使った漬物や山わさびの醤油漬けも人気がある。富良野から50kmほど南に位置する占冠村では山菜を収穫して味わい、道東の北見市では山わさびの醤油漬けの作り方を教えてもらった。

行者ニンニクの醤油漬け

採ってすぐ食べる北海道の山菜

 北海道の本格的な山菜シーズンは、雪どけと共に訪れる。トマムリゾートで知られる占冠村では、「しむかっぷ山菜を楽しむ会」事務局長・山本敬介さんの案内で、旬の山菜を味わうことができた。

 川沿いの林に足を踏み入れたとたん、シャク、ミツバ、ハンゴンソウ、エゾエンゴサク、イラクサ、オニシモツケ、ニリンソウ、オオウバユリ、コゴミ、イタドリの芽、ヨブスマソウなどがすぐに見つかった。

 実は、道内でも占冠村の山菜はおいしいという説がある。その理由を山本さんに聞いてみた。

 「この辺りはかつて海の底だったらしく、アンモナイトや貝の化石がたくさん出土しています。ミネラルをたっぷり含んだ土地であることがおいしさの秘密ではないでしょうか? 道路から少し入っただけでこんなに豊富な山菜が採れる地域は少ないんですよ。それを若い世代にも伝えていきたいですね」

1:ニリンソウ、2:ヨブスマソウ、3:オオウバユリ、4:こごみ

1:ニリンソウ、2:ヨブスマソウ、3:オオウバユリ、4:こごみ

 かつてはフキやワラビの塩漬けはどこの家庭でも作っていたようだが、今はわざわざ採ってきて塩漬けする人が少なくなった。豊かな地域の資源がすぐそばにあるのに、それを活用しないのはったいない、山菜やシカ肉などの「山の幸」は占冠独自の食文化でもある。「しむかっぷ山菜を楽しむ会」は、それを再びアピールしていこうと5年前に発足したという。

 「家のすぐ側に山菜があるので、お湯を沸かしてから採りに行くほどです。パスタをお湯に入れてからフキノトウを採ってきて、刻んでバターと塩コショウで炒めたものをからめるだけで、フキノトウパスタの完成です」

 なんともうらやましい話である。この日に収穫した山菜は、その場でおひたしにしていただいたが、家庭では味噌漬けにすることもあるようだ。また、青唐辛子・麹・醤油を一升づつの分量で漬け込んだ「三升漬」も北海道から東北にかけて親しまれている。

1:「今日食べる分だけ採る」のが山菜採りのマナー<br />
2:アクの少ない山菜は、さっとゆでただけで食べられる<br />
3:すりおろした山わさびを薬味として味わう

1:「今日食べる分だけ採る」のが山菜採りのマナー
2:アクの少ない山菜は、さっとゆでただけで食べられる
3:すりおろした山わさびを薬味として味わう

北海道の山菜の王様・行者ニンニク

 北海道の山菜を代表する行者ニンニクは、修験道の行者が滋養強壮のために食べたとか、逆に滋養が付きすぎて修業にならないといわれている独特な山の幸である。葉は長さ20~30cm・幅3~10cmで、地下には長さ4~6cmの球根があり、葉も球根もニンニク臭が強い。

 「昔のジンギスカンは肉に独特なにおいがあったので、それを消すために行者ニンニクといっしょに食べたものです。今は酢味噌和えにしたり、おひたしにして酢醤油で食べたり、天ぷらにする人もいますね」

 そう話すのは、北見市で行者ニンニクや山わさびの醤油漬けを作っている木寺實さん。木寺さんの案内で、沢をしばらく歩いた先にある斜面で行者ニンニクを収穫する。毒草のイヌサフランと似ているので注意が必要とのことで、ニンニク臭があり、茎が赤いものが行者ニンニクと教えてもらった。

 収穫した行者ニンニクは3cmくらいに切って湯通しして、1週間から10日間くらい昆布醤油に漬け込む。木寺さんはほかにも、行者ニンニク入りの餃子等を製造・販売している。

山あいに自生する行者ニンニク。茎が赤いのが特徴

山あいに自生する行者ニンニク。茎が赤いのが特徴

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北海道に帰化した西洋わさび

 行者ニンニクを収穫したあと、牧草地の脇に車を止めた木寺さんは「ほら、ここに山わさびがあるんですよ」と言いながら、少し離れた土手の上をスコップで掘り始めた。どうやら粘土質で少し湿気がある場所でよく育つらしい。

 山わさびは別名ワサビダイコン、ホースラディッシュ(西洋わさび)のことだ。ヨーロッパ原産で、日本には明治時代に食用として栽培されるようになった。畑で大規模に栽培するほか、野生化したものも多い。

 「昔は水田の畔道や畑の周りの土手にけっこうあったんですよ。今は乾燥しすぎたり、採る人が増えたせいで少なくなったけどね」

 根の部分は辛み成分が含まれ、すりおろしたものはローストビーフの薬味に欠かせない。また、根を乾燥させて粉末にしたものが「粉わさび」や「練りわさび」の原料になっている。

 北海道では大根おろしの代わりに山わさびをすりおろして、焼き魚の薬味に使ったり、ジンギスカンや焼き肉に添えたり、温かいご飯に載せて食べるのが好まれている。

手馴れた様子で山わさびを掘る木寺さん

手馴れた様子で山わさびを掘る木寺さん

 山わさびの収穫時期は春と秋の2回。春は雪どけしたあとの4月下旬が適期だが、花が咲いてしまうと根の部分がすかすかになってしうので、なるべく早めに収穫する。秋は10月下旬の5日間くらいが勝負。気温が下がって土が凍みてしまう直前がいちばん辛みが出てくる。水分が関係しているのか、晴れの日が続くと辛くなって、雨の日が続くと辛くなくなるそうだ。

 畑で栽培しているものは、4月中旬から5月初めに種根(苗)を横向きに植えて秋に収穫する。植え付けた種根が太く育ち、横から出た根のうち直径5〜6mmのものを長さ20〜25cmに切って翌年の苗に使う。山わさびは収穫したあとに残った根からも再生するほど生命力が強い。

葉は目立たず、ヒッソリと生えている。よく見ないと見逃してしまいそうなほど

葉は目立たず、ヒッソリと生えている。よく見ないと見逃してしまいそうなほど

天然の辛さが生きる山わさびの醤油漬け

 木寺さんが山わさびの醤油漬けを作り始めたのは3年前。山わさびはすりおろすと2週間くらいで辛みが抜けてしまうので、いかに辛みを維持できるかが商品化のポイントだった。

 「農家の集まりで商品開発の研究会に参加していたら、水分をよく抜いてから漬けるといいことがわかりました。それまでは手で絞っていたのをプレス機に替えて、きちんと絞ってから漬けるようにしたら、辛みが持つようになったんです」

 醤油漬けができるまでの手順は、まず根の部分を洗って皮をざっとむき、外側を塩素で消毒する。次に、機械に入れやすいように5cmくらいの長さに切り、電動おろし機ですりおろす。このときに辛み成分が揮発して涙が出るほどなので、機械の周囲をビニールで覆って作業を行なっていた。そのあとで、15トンのプレス機にかけて水分を絞り、昆布醤油で味付け(山わさび2kgに対して醤油1リットル)をして瓶詰めする。

1:葉を落とし、タワシで皮をうすくこそげ、洗う<br />
2:機械に入れやすい大きさに切りおろし機にかける<br />
3:すりおろすと、周囲に強烈な辛味成分が広がる<br />
4:プレス機にかけ、水分を充分抜くことで辛味が保たれる

1:葉を落とし、タワシで皮をうすくこそげ、洗う
2:機械に入れやすい大きさに切りおろし機にかける
3:すりおろすと、周囲に強烈な辛味成分が広がる
4:プレス機にかけ、水分を充分抜くことで辛味が保たれる

 翌日には食べられるが、漬けてから5日目ごろからおいしくなるそうだ。プレス機を導入してからは、春に漬けたものが常温でも夏ごろまで持つようになった。冷凍すれば1年は辛味や風味が保たれるという。

 北海道の人にとって、行者ニンニクとジンギスカン、山わさびと炊き立てのご飯との組み合わせは、切っても切れない郷土の味なのかもしれない。

山わさびの醤油漬けは、あたたかいご飯にぴったり

山わさびの醤油漬けは、あたたかいご飯にぴったり

※取材記事は漬物文化の啓発活動であり、販売目的ではございません。
そのため、連絡先の掲載は差し控えさせていただいておりますこと、ご理解並びにご了承くださいませ。

※掲載内容は取材時の情報です。

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