キューちゃんグルメ旅 番外編 マキコが行く漬物の旅

キューちゃんグルメ旅 番外編 マキコが行く漬物の旅

第四話

九州・中国・四国地区

「故郷はその人がいてこそ、呼子のイカ」

「おいしかよ〜食べていかんね」
「うわっ、イカがまわっとる」
「イカ、とれたてよ、いらんですか〜」
「見て見て、サザエ、ウニもある!」
露店のおばちゃんの元気いっぱいな売り声に、観光客の歓声が重なる。狭い路地の朝市はお腹だけじゃなくて、目もぐるぐると音を出して廻りそうだ。
ここは九州佐賀、玄界灘に突き出た東松浦半島先の呼子港の朝市だ。なんでも「日本三大朝市」のひとつなのだとか。
えっ、他の二つはどこ?
以前マキコは、千葉勝浦と石川の輪島、それから飛騨高山が三大朝市だって聞いたことがあるけど、まあどっかを外して、ここ呼子が入るのかもしれない。
確かに三大という割にはこぢんまりとしているけど、何といっても呼子というと「イカ」だ。町のいたるところにゆるキャラのイカや立て看が並んでいる。
そうか、三大というのは潮の香りの朝市という意味かもしれない。内陸の飛騨高山にはない磯の香り、それもお腹を刺激するさまざまな海の幸の匂いが、玄界灘から吹く風に乗って鼻先をかすめていく。
しかもちょうど六月は、名物「呼子のイカ」の中でも、横綱といえるケンサキイカ漁の最盛期だ。
マキコはグルメライターだけど、ただおいしい料理のレポートばかりを書いているわけではない。たまには真面目な記事も書いている。そのひとつが一年前に取材したここ、「呼子がイカで町興し」の成功例だった。
その時の取材で知ったのだけど、イカというのは実は繊細な生き物で、釣り上げた瞬間から鮮度が落ちる。それも体温の高い人間の手が触れると、冷たい身体のイカはたちまち死んでしまうのだとか。
それを避けるために、呼子の漁師は釣り上げたイカに触れることなく針を外すと、船に備え付けの生簀に入れる。この生きたままのイカを、海水を循環させる生簀を供えた料理店に直接運びこむ。
こうして「いかの活き作り」が呼子名物となって、年間100万人の観光客が訪れる港町になったというのだ。

マキコがこの初夏に呼子を訪れたのは、「旬のケンサキイカを、もう一度食べたい!」という欲求が、我慢しきれないくらいに高まったから、というのは否定はしない。
それだけでなく、もうひとつ気になっていることがあって、確かめずにはいられない。
観光客で賑わう朝市を抜け、漁船が何隻も停泊している港へと出る。
深呼吸して海の香りを全身に満たすと、なんとなく懐かしさに胸がいっぱいになる。島国の日本列島は、当たり前だけどいたるところに港がある。だから懐かしいのだろうか。
親が転勤族だったせいで、マキコは故郷を持っていない。帰省というと、両親がいる仙台なのだけど、高校時代を過ごしただけの土地なので、故郷という思いは薄い。根っからの出身地に帰ろうとする友人たちの心の高まりを、いつもうらやましく思う。
それでもこの呼子港の風景ときたら。
あちこちに天日干しされたイカと、漁船にぶら下がっている漁灯の列が、波と風の息に合わせるように揺れている。

イカ釣り漁師の徳さんは、家にはいなくて近所の食堂で昼飯を食べていた。昼といっても徳さんには朝ご飯。というのは、イカ漁は夕暮れ時から始まって深夜に至る。漁灯を掲げて集まったイカを獲る。早朝に帰宅して寝て、昼前後に目覚める。
「比呂子さん、どうしたんですか?」
マキコのいきなりの追及に徳さんは、
「いや、あの、あいつは……」
まもなく50歳という男ざかり、精悍な海の男とは思えないほどにしどろもどろ。
奥さんに逃げられたという噂は本当らしい。徳さんにとっての朝ご飯を、家じゃなくて外食しているというのを見ても間違いない。
一年前の呼子取材で、マキコが出会ったのが徳さんと比呂子さん夫婦だった。徳さんが獲ってきたイカを、比呂子さんが刺身にして食べさせてくれた。

「これがイカ!」
と驚嘆する甘みと歯ごたえ。透き通った身が口の中でスルリととろけ、こりこりと噛めば噛むほど、海の甘さが拡がる。今まで食べていたイカと、同じものとは思えない。
げその天ぷらにイカシュウマイとふるまってくれ、締めのご飯のおかずに、と比呂子さんが出してくれたのが、イカと「こくうまキムチ」の和え物だった。

  

「赤と白の絶妙なコントラスト。
細く刻んだイカの身と、赤い唐辛子のタレをまとった白菜が混じり合い、ほっこり湯気を上げるご飯に乗っかっていた。
イカのお刺身はそりゃあもう、新鮮さの極みだけど、この日本人好みにアレンジされたキムチと、ぷりぷりイカの甘みのハーモニーときたら。まるっきりの別のごちそう!
甘辛い白菜キムチと、イカソーメン状態のつるり感がたまらない。イカ尽くしですっかりお腹いっぱいと思っていたのに、マキコはご飯をお代わりしてしまった。

「なんで比呂子さん、出ていったんですか?」
「なんだでやろ……、おいも分からんけん」
マキコの容赦ない追及に、目を泳がせる徳さん。
「あ、そりゃ、唐津のスナックの女に、徳がふらふらしたんがばれたとよ」
食堂のおっちゃんが笑いながら告げる。
「へえ〜、そうなんだ」
「ハハハハ、面目なか……」
「で、徳さん、あやまったと?」
いつの間にかマキコも九州弁。
「いやぁ、でけん、ちゃーがつか……」
「かみさんは、玄海町の実家におるけん。徳があやまればすむけん」
「玄海町って隣だよね。よし、徳さん、迎えに行こう!」
とマキコは立ち上がる。
「えっ、ほんに?」
「私、比呂子さんのイカ尽くしを食べに、わざわざ東京から来たんだよ。作ってもらわないと。締めはあえね」
「あえ?」
「イカのこくうまキムチ和え。あれでご飯、三杯はいける」
「今、米ば切らしちょるけん」
なおも渋る徳さんに、食堂のおっちゃんがすかさず合いの手を入れてくれる。
「うちでアツアツの飯ば炊いちょるけん。まかしとき」
「おっちゃん、ナイス、ありがとう!」
何かぶつぶつ言っている徳さんの手を取って、マキコは食堂を出た。
柔らかな海風と波が、呼子港の風景をゆりかごみたいに揺らせている。
徳さんも比呂子さんも、当たり前すぎて気づいていないに違いない。ここは二人だけの故郷の港だということを。
「もう! 比呂子さんは徳さんの港なんだよ。もっと大事にしないと」
「え、なん? 比呂子が港?」
「九州男って、しょうがないんだから」
真っ黒に日焼けした徳さんの顔が、苦笑いでくしゃくしゃになる。
今夜はイカで乾杯だ!

(了)

マキコの編集後記

特別企画第四弾「キムチに合う中国・四国・九州・沖縄の食べ物」には、過去最大数のご応募が集まりました。その中から、特においしそうだったものや、エピソードが印象的だった投稿をご紹介します♪


  • 写真はイメージです。

    博多もつ鍋(福岡県)

    野菜やもつを入れる際にキムチも一緒に入れてしばらく煮込み、最後にチーズを入れれば完成です。
     餃博多のもつ鍋は全国的にも有名ですが、実際美味しいです。もつのプリプリ感とあの噛んだ瞬間溢れ出る肉汁の奥深さは何とも言えない美味しさ。そんなもつ鍋にキムチとチーズを入れたらこれまた不思議で、イタリアン風に仕上がるんです。もつ鍋の出汁とキムチってすごく合います。


  • 写真はイメージです。

    かけうどん・焼きうどん(香川県)

    焼うどんの具材やかけうどんの上に食乗せて、一緒に食べます。かた焼き麺の上にあんかけと一緒にキムチをのせてもおいしいです。
     小さい時キムチは辛くて苦手でしたが、母からよく『キムチは発酵食品なので身体にいいから取りましょう』と言われたことを思い出します。私も子供を持つようになり食育を考えるので、食卓にキムチを出すことが多くなりました。


  • 写真はイメージです。

    ゴーヤチャンプルー(沖縄県)

    完成前、フライパンにキムチを投入し、サッと炒めて完成です。
     旅行で沖縄に行って以来、沖縄料理はよく作るようになりました。ある日ゴーヤチャンプルーをつくろうと思ったとき、たまたまキムチが冷蔵庫にあったので一緒に炒めてみると、これがなかなか美味しい! それ以来たまに作るようになりました。ビールにもぴったりです!