キューちゃんグルメ旅 番外編 マキコが行く漬物の旅

キューちゃんグルメ旅 番外編 マキコが行く漬物の旅

第三話

東北・北海道地区

「思い出だけど新しい、北上コロッケ」

コロッケはお手軽に食べられるおいしい食べ物というだけでなく、不思議と思い出と繋がっていたりする。
マキコは小さい頃から大好きだった。お母さんの得意料理というには大げさで、当たり前のように食卓に登場した。
「わっ、またコロッケ!」
なんて文句を言いながらも、ほくほくサクリ、揚げたてのかあさんコロッケは、心も体もほっこりする魔法のような食べ物だった。当たり前がうれしい幸せの味。
「いいか、マキコ、父さんの時代はだな。コロッケはごちそうだったんだぞ」
とお父さんは笑顔のままで娘を叱った。
夫のその言葉を聞くとお母さんは、
「♫今日もコロッケ、明日もコロッケ、これじゃ年がら年中、コロッケ、コロッケ」
と大昔の流行歌の一節を口ずさみ、
「新婚の頃は私がコロッケを出すと、父さんは歌い出したくせにね」と続ける。
「俺たち世代のスタンダードナンバーだったからさ。俺はむしろ母さんのコロッケにだまされて結婚したようなものだ」
「聞き捨てならないわ。食べさせてくれって口説いたくせに」
と結局、夫婦ののろけにいつも落ち着く。
この夫婦もすなわちコロッケは思い出、それもつつましさを千切りキャベツみたいに添えたほっこり思い出料理なのだ。
東京で一人暮らしをするようになると、マキコはもっぱら商店街の肉屋さんで売っている揚げたてコロッケを一個、二個と買い求めて、食べ歩きをしたものだ。
実はもうひとつ、コロッケというとマキコにはほろ苦く(甘く?)せつない思い出があった。これは両親には、そして大阪にいる婚約者の久太郎にも明かせない。

そんな思い出を胸に秘め、マキコはグルメ雑誌「美味ニッポン」の取材にかこつけて、岩手の北上市に来ている。
東北新幹線で二時間四〇分弱、今回の企画は盛岡の郷土料理がメインだったけど、無理矢理に北上コロッケを品目に加えた。
初夏の風が静かで心地よい北の町は、時間さえもゆったりと流れているようだ。
北上コロッケは、市をあげての町おこしで考案され、ご当地B級グルメ祭典に名乗りを上げ、人気を博していた。
コロッケというと通常はジャガイモだけど、北上川流域でとれる名産の二子サトイモを使う。独特のねばりとコクを備えているのだそうだ。これに地元産の黒牛和牛と白ゆりポークの合挽肉、そしてアスパラガスを刻んで入れる。このサトイモベースでアスパラ入り、というのが北上コロッケの特徴だった。

「俺のコロッケ、うまいだろう」
そう言ってマキコに食べさせてくれたあいつは、北上出身だった。もうかれこれ十数年も昔。マキコが東京で一人暮らしを始めたばかりの頃だ。その時はまだ、普通のジャガイモのコロッケだったけど。
でも田舎から出てきた独身男で、わざわざ八百屋と肉屋で買い物をし、ジャガイモを茹でて潰して、タマネギ刻んで挽肉と炒めて混ぜて、真ん丸に整形して、小麦粉をまぶしてパン粉を付けて油で揚げて、ほくほくコロッケを手作りする男なんているだろうか?
思えば、マキコがこれまで(けっして多くはないけれど)付き合った男は何かしら、食べ物と関わっていた。食べ歩きが趣味だったり、大食いだったり、料理男子だったり。
でも料理男子のあいつとは、付き合ったとはいえない。マキコの一方的な片想いだったからだ。いろんな料理を食べさせてくれたが、なかでも絶品だったのがコロッケ!
あいつはマキコの思いを知っていたのかいないのか、大学を卒業すると、「じゃあな」と笑って故郷へと帰っていった。実家が食べ物屋で、店を継ぐのだと。そうしてあっさりとマキコは失恋。

ご当地グルメ「北上コロッケ」の話を聞いた時、あいつの顔とあのコロッケの味が一瞬で蘇った。きっとあいつも関わっているに違いないとひらめいた。
住所など捨ててしまって、町名の記憶だけで、店の名前も聞いていなかった。
マキコはいきなり途方に暮れた。さすがに市をあげての事業で、いろんな店が「北上コロッケ」ののれんや看板を掲げている。

「よし、片っ端から当たってみるか!」
と自分を元気づけて、まず目に付いた食堂に入った。
「いらっしゃいませ!」
と青空のように明るい声の店員さんが迎えてくれ、マキコは「北上コロッケ定食」を注文した。ようやくマキコは、本場の北上コロッケと出会えたわけだ。
なるほど、普通のコロッケとは違う! 外観や口に入れた衣の食感は同じだけど、中はほくほくというよりも、もちっとしている。サトイモの粘りが熱を閉じ込めて口の中で拡がっていく。このほっくりもちもちに、アスパラの青さが残るしゃっきり感。おいしい!
この店のコロッケ定食には、大皿に千切りキャベツも乗せられていて、小皿にキュウリとナスの香の物も添えてあった。

箸休めにキュウリのお漬物を食べた。
あれっ……!?
歯でサクッと噛むと、ひどく懐かしい淡い塩っぱさと香りが拡がる。
「俺、漬け物も凝っているんだよ。自分のぬか床を持ってて漬物を作ってるんだ。特にコロッケには欠かせないんだぜ」
そうだった、あいつはわざわざ自分のアパートから、自家製のぬか漬けまで持ってきた。
そんな独身男がどこにいる?
コロッケに絶妙にマッチするぬか漬け!
マキコは思わず店内を見回した。十卓ほどの店で、昼時を過ぎて、マキコ以外に家族連れが二組。彼らも北上コロッケを食べている。従業員はあの可愛らしい女性と、奥まった厨房に料理人がいるようだ。姿は見えない。
マキコは高まる動悸を抑えながら、コロッケを食べた。初めて食べる新しい味なのに、懐かしさで胸がいっぱいになる。その懐かしさは、ぬか床を通した漬物にも染みこんでいる。思い出と繋がるのはコロッケだけじゃなかった。ぬか漬けだってそうだ。

  

「あの、コロッケをもうひとつと、お漬け物もお代わりできますか?」
「はい、もちろんです!」
店員さんは満面の笑みで答え、
「コロッケ一個追加!」
と厨房に声をかける。
「おう、コロッケいっけぇ!」
よく通る岩手なまりの男の声が聞こえた。たった一言だけど、懐かしいあいつの声。

マキコは追加のコロッケとナスの漬物を噛みしめながら食べた。サクリもちもちアツアツの後に、じんわり塩っぱいナス漬けの香りで胸がいっぱいになったけど、涙はこぼれなかった。
明るくて愛らしい店員さんが、あいつの奥さんだと直感的に分かった。
今日は勘がさえている。
マキコは明るい店員さんの笑顔と声に送られて店を出た。あいつには会わなかった。それで充分だった。片想いはそのままに、思い出にしておいた方がきれいだ。
店を出て通りを歩くと、北上川から吹いてきた風がマキコの頬を撫でていった。

(了)

マキコの編集後記

特別企画第三弾「ぬか漬に合う北海道・東北地方の食べ物」には、今回も引き続きたくさんのご応募が集まりました。その中から、想像するだけでおいしそうなメニューやアイデアの詰まった組み合わせをピックアップしてご紹介します♪


  • 写真はイメージです。

    円盤餃子(福島)

    餃子にビールにぬか漬けや浅漬け!最高の組み合わせです。冷えたきゅうりの漬物が添えてあれば餃子が進みます!
    餃子は宇都宮、浜松が有名ですが、福島の円盤餃子も負けていません!
    福島は、大根の柚子巻きやシソ大根、いかにんじんなど、漬物の郷土料理がありますが、国民食餃子には、定番の浅漬けやぬか漬けが美味しいですよね。餃子定食にはお漬物が欠かせません!


  • 写真はイメージです。

    長芋の刺身・とんぶりかけ(秋田県)

    とんぶりをかけた長芋の刺身(短冊切り)。通常ならば醤油をかけるが、代わりに糠漬けを刻んでかけて食べる。
    醤油の代わりに漬物を使うと、塩加減がちょうど良くて美味しい! お酒のアテにもぴったりです。


  • 写真はイメージです。

    鮭のちゃんちゃん焼き(北海道)

    ぬか漬けを粗めに刻み、ちゃんちゃん焼きにトッピングする。
    実家に住んでいた時にちゃんちゃん焼きをよく食べました。味のアクセントになり、歯ごたえも出ておいしそうです!