キューちゃんグルメ旅 番外編 マキコが行く漬物の旅

キューちゃんグルメ旅 番外編 マキコが行く漬物の旅

第二話

関東地区

「神奈川県・高座豚のみそ漬け」

バックドロップ炸裂! 決め技エビ固め!
大歓声に床ごと空間がブルブルと揺れる。
カンカンカンとゴングが鳴り響き、レフリーが外国人女子レスラーの腕を高く掲げた。
「カウント、早い! まだだ!」
リングからバネのように起き上がった女子プロレスラーが叫ぶ。
ずんぐり体型で、黒革のベストにパンツ、黒の網タイツ、リング名キラー魔鬼子がレフリーにくってかかる。
ノーノーと手と首を振るレフリーの横で、白い肌の勝者があざ笑う。
金色の髪を乱した魔鬼子が体当たりしようとするのを、トレーナーの桜井が羽交い締めして止める。

  

魔鬼子は引きずられるようにして引っ込んでいく。容赦ない観客の罵声が、筋肉で盛り上がった背中に投げつけられる。
「なにやってんだ、やめちまえ!」
「また負けだ、おめえは弱いんだよ!」
「マキコ、もう、終わってるぞ!」
すぐ後ろから飛んだ青年の声に、マキコはキッと振り返った。自分のことを言われているような気分になっている。
青年は「なんだよ」と身構える。マキコは睨んだまま立ち上がる。

これからメインイベントで、会場は異様な熱気に包まれている。レスラーたちはもちろん、観客の身体にも熱がたぎっているのだ。
マキコは取材カバンを背負うと、深呼吸して魔鬼子の後を追う。
——しかし、すごいな。女子プロレス……
マキコは改めてそう思った。
実は女子プロレスの試合を観るのはこれが二回目。初回はあまりの迫力だったりスピードにひたすら圧倒されていた。今回は少しだけ“取材モード”で観られた気がするが、それでも今の強烈な試合で、やっぱり我を忘れて叫んでいた。

マキコがまるで縁も興味もなかったプロレスを観る(取材する)はめになったのは、グルメ雑誌「美食ニッポン」の新企画「アスリートの大好物」という特集のせいだ。 クロノリこと黒沢紀枝編集長に、
「女子プロなんかどうですか?」
と言ったら、クロノリは顔を輝かせ、
「よし、おもしろい。おマキ、取材しろ!」
と一発で決まってしまった。実はマキコは女子プロゴルファーのつもりだったのだが。

大阪で粉モノ修業をしている婚約者(具体的なプランが決まらずに、ずっとその関係性のまま)の久太郎に相談したら、知り合いだというこの団体を紹介してくれた。
所属する十数人のレスラーの中から、悪役で名を馳せていたキラー魔鬼子をチョイスした。自分と同じ名前だったのと、彼女の食べっぷりが気持ちよかったから。
でも、その魔鬼子は控え室で鼻に氷を当てながら大泣きしていた。マキコは声がかけられなかった。試合に負けたことがこんなに悔しいなんて! 魔鬼子は本当にプロレスが好きなのだ。だからこんなに泣けるんだ。マキコは控え室を出た。連敗を脱したら焼き肉屋で祝杯を挙げることになっていたけど、今夜は諦めるしかなさそうだ。

一週間後。
マキコは女子プロレスラーたちが生活している寮に来ていた。
トレーナーの桜井から連絡があった。魔鬼子がすっかり落ち込んでいて、取材相手を変えてほしいという申し出だった。マキコは少し考えた末に告げた。
「もう〆切も迫っていますし、魔鬼子さんでお願いします」
〆切は嘘ではなかったけれど、もしかしたら変更した方がいい記事になるかもしれない。桜井が推薦するレスラーはこの団体のスター選手だったし、食生活も栄養士の指導にきちんと従っていて健康面でも万全だった。
でもマキコは、だからと言って優等生的な記事にしたくなかった。レスラーとしての食事に気を配りつつも、豪快に食べる魔鬼子をどうしても取り上げたかった。
そんな魔鬼子はここのところのスランプで、すっかりレスリングのモチベーションをなくしかけているという。

「ねえ、これだよね、魔鬼さんが好物だっていってたの」
とマキコは化粧箱をどかんと置いた。わざわざお取り寄せした産地直入の品。
「あ、高座豚のみそ漬け……」
魔鬼子はラベルをしげしげと眺める。
「私も早速いただきました。これ、ボリュームもあって繊細でおいしいわ。イベリコとか有名だけど、高座は少しも負けていない!」
久太郎に言ったら「知らないのかよ」ってバカにされそうだけど、マキコは初食だった。
なんでも高座豚というのは明治時代に畜産業が奨励され、神奈川の綾瀬あたりで誕生したのだという。けれども、一頭あたりの生育期間が一般の豚の二倍以上もかかる。大量生産ができず、一時期は生育が廃れ、〝幻の豚〟になっていた。それが地元養豚家たちの努力で復活、今や知る人ぞ知るブランド肉となったのだった。

神奈川県海老名市出身の魔鬼子は、高校を卒業の時、「プロレスラーになる」と宣言した。すると近所の人たちや交友たちが壮行会を開いてくれ、そこで食べさせてもらったのがこの高座豚のみそ漬けだったという。
寮の食堂を借りて、マキコはジュウジュウと味噌漬けロースを焼いた。味噌が香ばしい匂いをさせて、分厚い切り身から出た肉汁と混じり、プチプチと小さな泡を立てる。
た、たまらん! 空きっ腹を直撃する匂いと音と視覚によるフライングラリアット!
後ろから眺めていた魔鬼子がゴクリと喉を鳴らす。ここのところ、すっかりと食欲も落ちていたという。それはいけない。人は、ましてやアスリートは、まずしっかりと食べて鋭気を養い、エネルギーを燃やさないと。

マキコはフライパンでブチブチと踊るロース肉を大皿に移し、魔鬼子の前に置いた。
「い、いただきます」
「ちょっと、待った!」
ナイフフォークを手にした魔鬼子にストップをかける。
「これが決め手のドリップキック」
マキコはリュックからタッパーを出す。
「マキコさん、ずいぶんプロレス技を勉強しましたね。訳が分からないけど」
ようやく魔鬼子から笑顔が出た。

タッパーにびっしりと詰まっていたのは、浅漬けの春キャベツとしそかつお白菜。マキコは湯気を上げるソテーの横に二種の漬物を盛大に添える。
「ドシンとボリュームの高座豚に、さっぱり浅漬けが最高なのよ! 私が見つけた、これぞツープラトンの合わせ技よ、さあ食べて!」
「魔鬼子とマキコのダブルチームだ!」
二人は並んで、ぷりぷりジュッの肉を噛みしめて、シャリシャリさっぱりの白菜と春キャベツの浅漬けを頬張る。
すっかり魔鬼子は元気を取り戻していた。マキコもいい記事が書けそうだ。
レッツ、ファイト!

(了)

マキコの編集後記

特別企画第二弾「浅漬けに合う関東地方の食べ物」では、第一弾に引き続きたくさんのご応募が寄せられました。その中から、惜しくも小説化されなかったけれど、とてもおいしそうだった投稿や、素敵なエピソードのある投稿をピックアップしてご紹介します!


  • 写真はイメージです。

    耳うどん(栃木県) 

    耳うどんの箸休めに浅漬けを食べます。
     耳うどんを栃木に転勤になった際に教えていただいて、いまでも作っています。醤油ベースの汁なので、漬物の塩分がまたおいしいにちがいないです。


  • 写真はイメージです。

    しいたけ(神奈川県)

    しいたけを焼きご飯と一緒に食べる時の付け合わせに浅漬を食べる。
     しいたけなどきのこを育てている農場が近所にあるのでよく食べています。 焼くことで甘みが増し、漬物のしおっけがいい具合です。


  • 写真はイメージです。

    もんじゃ(東京都)

    小麦粉に浅漬けの「昆布白菜」の汁と水を加えて混ぜ、「昆布白菜」を刻んだものや刻んだキャベツやひき肉などお好みの具を加え、作るだけの簡単レシピ。
     上京するまでは、お好み焼き派で敬遠していた食べ物でしたが、一度、食べたらやみつきで、家でも、一人もんじゃを楽しんでいました。 主人とも、よくデートで食べた想い出の味です。お金はなかったけど、工夫したり楽しもうとしていたあの頃のキラキラした自分が懐かしいです。