キューちゃん旅グルメ

キューちゃん旅グルメ

宮城県「マキコに幸せは訪れるのか? 牛タン屋さんの修羅場!?」

宮城県「マキコに幸せは訪れるのか? 牛タン屋さんの修羅場!?」

仙台駅から駅前のコンコースに出ると、空気が違う気がする。杜の都というけれど、頬を撫でていく風に緑の香りが混じっていて、懐かしさに胸がいっぱいになる。

父の仕事の関係で、マキコは日本中を転々としたのだけど、高校時代は仙台で過ごした。両親は今もここにいるので、仙台が故郷のようになっている。久しぶりの帰省だ。

駅から青葉通りへと向かう。初秋の柔らかな陽を散らすけやき並木は、少しも変わらずにマキコを迎えてくれる。

いやいや、変わっていないのは街の風景や空気だけで、歩いているこの女は変わってしまったに違いない。東京の大学に進んで、ミニコミ雑誌社に就職し、フリーになって数年、ようやくグルメ専門ライターとして仕事ができるようになった。

考えてみると、それもこれもあいつのせい、いやお陰に違いない。某ホテルのオープニングパーティで、「名物料理にしたい」とシェフが意気込むローストビーフを取材していたら、割り込んできたのが久太郎だった。
「なんだ、これ? うまくないじゃん!」

と叫んで、周囲を凍らせた男。
「焼きすぎだし、ソースが甘い、ねえ、あんた、そう思うよな?」

同意を求められて、思わず頷いてしまった。取材はメチャクチャになったけど、確かに男のいう通りだった。しばらくして、久太郎はマキコの同居人になった。
「俺の職業は“みたんじん”、こう書く」

横浜での初デートで、久太郎は「美味日記」と書かれたノートの裏を見せた。汚い字で「味探人」とあった。なんでも陶芸家で美食家としても知られた魯山人を掛けていて、日本の食を極めたいのだとか。要は定職を持たないフリーターだったけど、食の知識と探求心、鋭敏な舌は間違いなく、ただの大食い女だったマキコを鍛えてくれた。

そんなある日、久太郎は別れの言葉も告げずに消えた。ケータイも解約されていて連絡がつかず、残されたのが「美味日記」と、謎のメモだけ。半年かけて探し続けて、ようやく大阪のたこ焼き屋で見つけた。
「これは探求だったんだよ。おまきも俺も。食の奥深さを知るためには、邪念を捨てて、飛び込まなくていけない。おまきが日記を手がかりにたどってくれば、きっと会えると思っていた。な、会えたじゃないか!」
「何? 試したってこと? ふざけんな!」
「そんなに怒るなよ。会えたってことが、俺たちの絆を証明したんだから」
「もし、一生、会えなかったら?」
「運命さ。会えなかったら、その程度の愛だったということさ」
「何が、愛よ! バカ男!」

と一発、久太郎の頬を叩いてひとまず終了。

そうそう、書き置きの「旅に出る、■■■■を求めて」の欠けた文字はなんだったのか? マキコが聞いても、
「あ、あれね、覚えてね?や?」

と首を傾げるだけ。どこまでいい加減な男なのか、こいつは!

両親から指定された牛タン屋は、仙台にはそれなりに詳しいマキコも知らない店だった。

個室に通されて仰天した。
「おう、来たか! 遅いじゃないか」

と、すっかり出来上がった父。
「マキコ、このお店はアタリだわ」

と、もぐもぐさせご機嫌な母。そして、
「先にやってたよ。仙台は牛タンだな」

と大判つくねを掲げてみせる久太郎!

すっかり盛り上がった個室の空気に押されて、マキコは席につかされ、あたふたと乾杯、目の前で焼かれる牛タン焼きに、ゆでタンに竜田揚げと、次々食べさせられる。

お腹はペコペコだったので、おいしいにはおいしいのだけど……
「ちょっと、ちゃんと説明してよ! なんでいきなり、うちの親とうち解けてんのよ?」
「久太郎君がこの店を予約してくれたんだよ。お前には内緒でな。父さん、ほっとしたよ」
「そうそう、こんなにいい人なら、もっと早くに紹介してくれたら。母さん、大賛成」
「ちょ、ちょっと待って。何か知らない話が進行しているような……」

マキコは久太郎を睨んだ。まだしばらくは大阪でたこやき修業に励むから、もろもろ待ってくれ、とか言ってたじゃない。
「うん、しばらく粉もの修業だよ。もうすぐ極めるから、そしたら、結婚しような」

いきなりの単語に、マキコは絶句。

「よかったなぁ」「ほんとほんと」と勝手に大喜びしている久太郎並に脳天気な父と母。
「……は? 何それ? 私、まだ……」

いけない、めまいがしてきた。
「ほら、仙台名物の牛タンってさ、大抵、白菜かキャベツかキュウリの浅漬けがついているじゃない? でもキューちゃんだよ。これにしてもらったんだ。俺はいわばこれね! 新しく加えてもらった絶品の味!」

牛タン焼きに添えられているのは、確かにキューちゃんだったが、自分で絶品とかいうか? 久太郎は一粒つまむとニッコリ笑う。こいつの笑顔ときたら……

マキコは気持ちを落ち着かせようと、湯気を上げる焼きたて牛タンを食べた。弾力ある歯ごたえの後で、甘辛いタレと混じってジュワリと肉汁の旨みが口の中で拡がる。

その後で、きゅうりのキューちゃんをゆっくりと噛みしめた。なんてこった、マッチしているじゃないか。私と久太郎の組み合わせが、常識を変えちゃうくらいの絶妙なコラボなように。
「あ、そうそう、あれさ。メモの■■……」
「えっ?」
「旅に出る■■■■を求めて、に書いてあったのは……」

もったいをつけて久太郎が微笑む。
「“天の成せるもの”だよ」
「はあ?」
「北大路魯山人の言葉さ。料理は人が天の成せるもの、つまり自然をいかに取り入れて活かすかでしかない、そう言っているんだ。おまきと俺、おまきのご両親と、今、ひとつの部屋で同じ料理をいただいている。これも天が成せるものだ、といえるだろ」

久太郎はポリポリとキューちゃんを食べる。
「……」
「久太郎君、実に、深い!」
「だからこのお料理もおいしいのね」
「……何、それ?」
「あれ、どうした? 泣いてる?」
「なっ、とく、いくか!」

涙をポロポロ流しながら、マキコは人をとろけさせてしまうその頬を、思い切り張った。気持ちのいい音がして久太郎が吹っ飛び、両親の眼と口が全開になっている。

倒れている久太郎を抱き起こすなり、マキコはその唇に自分の唇を重ねた。

プロポーズ承諾のキスは、きゅうりのキューちゃんの味がした。