キューちゃん旅グルメ

キューちゃん旅グルメ

大阪府「あつあつたこやきに隠された男のヒミツとは」

大阪府「あつあつたこやきに隠された男のヒミツとは」

大阪難波の雑踏ときたら、世界中探したって似てるところなんてどこにもない。寄せ鍋をぶちまけたみたいに大騒ぎしている。

この中にあいつがいるのかも……

久太郎が着ていたドラゴン刺繍のジャンパーも、ここだと少しも目立たないだろう。

頭をぶるんと振って雑念を払う。スマホのマップは必要なかった。路地を入ると、かつお節と青のりを従え、香ばしく焼けるソースの匂いがした。これをたどれば目的の店だ。昼をとっくに過ぎているのに、十数人の行列が出来ている。知る人ぞ知る大阪の名店「たこやき 七ノ助」の看板が見えた。

行列に並ぶ前に店を覗う。入口脇のテイクアウト用のカウンターで、たこやきみたいなまんまるな女の子が、大声で注文を捌いている。その向こうの調理場はよく見えない。先頭の若者が、「後ろに並べよ」と睨んできたので列の最後尾に戻る。慌てることはない、店に入れば会えるのだから。

福岡の豆腐屋の工場では会えなかった。マキコが尋ねた一週間前に「湯葉の奥深さは見極めた気がしますので」と、社長をむっとさせるコメントを残して、久太郎は大阪へと旅立った。「今度は粉ものです」と、たこ焼きとお好み焼き屋のリストを見せたという。

その足で大阪に行きたかったが、「美食にっぽん」の糸島特集の入稿があった。それよりも、取材にかこつけて久太郎捜索をしていたことが、鬼編集長のクロノリに知られたら、編集部の窓から放り投げられる。

それでもマキコは、ツテをたどって、久太郎らしき男が「七ノ助」というたこやき屋にいることを突き止めた。

すぐに会いに行こうと思っていたのだけど、一月あまりマキコはぐずぐずしていた。クロノリ編集長とか、福岡の友人のブンが言うように、ある日突然、マキコの前から姿を消した男なのだ。単なるねんざが複雑骨折に悪化しかねない。それでもやっぱり! と意を決してやってきた。

マキコは職人さんの鮮やかな手さばきをぼんやりと眺めていた。穴がズラリと並ぶ鉄板に油をひいて、ダシ入りのコナを粉ツグで溢れんばかりに注ぐ。ジャアという音を追いかけてタコが放り込まれる。ボールの上から手首がかえされるだけで、きれいに一切れずつがコナに吸い込まれていく。

天かすがばらりとまかれ、粉末にしたエビに小口のねぎが振りかけられる。ここからがまさに名人芸だ。2本の千枚通しが小太鼓の撥みたいに上下すると、クルリと半円を描き、ごきげんよう、と言わんばかりの顔が並ぶ。

けれど、せっかくの名物なのに、食いしん坊マキコの心はここにあらず。店に久太郎の姿はなかったのだ。今日も空振りか……?
「ああ、久太郎ね。おるよ。今日は船場の屋台や。まだ見習いやけどね」

おそるおそるおっちゃんに尋ねたら、笑いながらそう教えてくれた。

その屋台は小さな公園の入口に出ていた。夕暮れに差しかかり、お決まりの赤ちょうちんが「七ノ助」の吊り看板と赤いのれんを照らしている。笑い声がして横を見ると、カップルがベンチに腰掛けて、はふはふさせながらたこやきを互いの口に入れていた。

マキコの位置からは、若い職人がたこやきを転がしているのしか見えなかった。職人は後ろにいる誰かに何か言った。マキコが一歩二歩と近づくと、屋台の奥にドラゴン刺繍の背中が見えた。頭には白いキャップ。

くるりと振り返ると、ほいほいと焼けたたこやきを舟に放り込んでいく。

久太郎の変わらない脳天気な顔。会ったばかりの人、誰でも、十年前から知っているような気にさせる笑みは少しも変わらない。

職人の「いらっしゃい」という声に合わせて久太郎が顔を上げる。視線が合った。

マキコは怒りやら不安やらで、少しもかわいくないアヒル口をしていたようだ。久太郎はぽかんと口を開くと、いきなり吹き出した。
「おまき! ようやく来たか!?」

そういうなり、きょとんとしている職人に「これです、俺の」と小指を立てる。
「あ、あ、あ、あのね……」

言葉にならない。顔を合わしたら、あれも言おうこれも言おうと思っていたのに!
「ちょっといいすか?」と職人に告げると、久太郎はマキコにたこやきの舟を差し出した。湯気を上げる粒の上でかつお節がダンスしている。そこにまぶしてある粒々は……
「グッドタイミング! まだ試作品なんだ。おまきにこそ試食してほしかった。こつぶキューちゃんたこやき!」

あのねえ、ともう一度言おうとした口に、たこやきが放り込まれた。熱の固まりが口いっぱいに拡がった後で、皮が破れてトロリともっと熱い汁が舌を焼いた。怒鳴ろうとしたけど「かうたぁろぉ~」と言葉にならない。アツアツ過ぎて涙がじわりと溢れる。

はふはふしていたら少しだけ熱さがおさまって、口の中で溶けた。タコの切り身を噛むと、合わせてピッと小さな粒の香り。キューちゃんが弾けながら音を奏でている。

「な、うまいだろ? いけるだろ?」
「はついよ。あつい、はぁんたはねえ~」

泣きべそをかきながら、マキコは口をもごもごさせる。その顔を見て久太郎は笑う。
「そうなんだよ。たこやきは焼きたてを頬張るだけで、笑うしかないんだ。究極の平和な食い物なんだ。争いよさらばだ」

ようやく飲み込んだマキコの口に、久太郎はもう一個、あつあつを放り込んだ。