キューちゃん旅グルメ

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福岡県「ミスマッチなのか? 湯葉豆腐にトッピングキューちゃん」

福岡県「ミスマッチなのか? 湯葉豆腐にトッピングキューちゃん」

玄界灘というと、漢字の見た目とか音にしても、北九州側の日本海で、波の逆巻く荒れた海、みたいなイメージが先にくるけど、なんとまあこの海は穏やかなこと。

カフェテラスのテーブル席には、初夏の日射しが、さわやかな海風と混じり合ってきらめいている。福岡の糸島半島の先っぽ、二見ヶ浦のあたりは、近ごろ大人気を博しているリゾート地。福岡市街からクルマで半時間という近さで、関東ならば湘南あたりにあるようなおしゃれなカフェやレストランに、お客さんが詰めかけている。

グルメ雑誌「美味にっぽん」がここを取り上げることになって、専属ライターのマキコが取材に訪れた。糸島産の海の幸、山の幸をふんだんに使った料理は、誌面には半分しか載っけられないくらいに頂いた、というよりも食べ尽くしたので、取材はひとまず終了。

糸島を撤退して、ブンこと文代と待ち合わせている天神のお豆腐料理屋さんへと向かう。ブンは大学時代の友人で、旦那の転勤で福岡暮らしをしている。

「湯葉がね、めちゃオススメなんよ」というブンのプッシュに、マキコは半信半疑。お豆腐とか湯葉の料理だったら、東京だって珍しくはないし、名物として真っ先に浮かぶところなら京都だろう。
「ブンの味覚は怪しいからな」

と電話では振っておいたけどどうなのだろう? 本当のところ豆腐や湯葉よりも、マキコがブンに会いたい理由は、ただひとつ、あいつのことだったのだけど。

「おお~っ、おいし~~~い!」

半信半疑の疑いの半分はあっさり捨てて、マキコは豆腐料理のフルコースにすっかりはまってしまった。こいつはいけるわ。

生麩の田楽、湯葉の揚げ物に団子のあんかけ、ふわふわ厚揚げ、そして……

夏はこれ! 絹ごし豆腐の冷や奴。

いつもは定食料理の添え物とか、お味噌汁に浮かんでいるよくある具に過ぎないお豆腐。でもこうして、しみじみと眺めてみてほしい。濃紺の小鉢は、みずみずしい真白き肌の美しさを映えさせていて、隙がない。

ただ食するために、私の箸がこの純白の肌を割ってしまっていいものだろうか……
「冷や奴とにらめっこして、何をごちゃごちゃ言ってるのよ」

昔からマキコの感傷癖を笑い飛ばすブンは、箸じゃなくて匙でざっくりと奴の半分を掬い取ると、大きな口でかっぷんと食べる。

まったくもう! 相変わらずデリカシーに欠ける友だ。詩的な感性がまるでない。

この冷や奴は、シンプルにポタリポタリとお醤油を数滴垂らしたていただくのがいい。で、これに薬味的に乗せるのが……

「なめらかさと濃さを合わせもつこの冷や奴と、ピリリポリポリの見事なアクセント!」

マキコの感想を受けてブンが言う。
「それそれ、おんなじことを言ったのよ。ここのお豆腐と、生湯葉を食べた後でさ」
「え? 誰が?」
「だから、あんたを置いて消えたってアホ。何て言ったっけ? 探してるんでしょ?」
「キュウ……久太郎?」
「そうそう。そいつそいつ」

ブンは生湯葉を鍋から掬い取ると、ペロリと吸い込みうんうんと頷く。
「ブン、会ったの?」
「電話で言ったでしょ。会ってはいないよ。このお店の人から聞いたの」
「そうか、そうだった……でも、どうして久太郎って分かったの?」
「話せば長くなるけど、とにかくね、そいつがここのお豆腐料理に惚れて、頼み込んだんだって。工場でしばらく働かせてくれって」
「工場?」
「お豆腐の製造工場よ。このお店が評判になって、近所に新しい工場を増設したのよ。あんたのアホは、ただ働きでもいいから作る過程を見たいって、ほんとアホよね」
「アホ、アホって……いつ? 本当に久太郎なの?」
「二月くらい前かな。ほら、それよ」

ブンはマキコが小皿に盛っていたきゅうりのキューちゃんを指した。
「冷や奴と生湯葉に、それを乗っけて食べていたって。けっこう、いけるよね、それ」

ブンはキューちゃんをつまんで、ポリポリとおなじみの音をさせた。

マキコはその組み合わせが、絶妙に一致することに気づいていた。鍋の上澄みとなった薄い淡泊な湯葉を箸で掬って、たれを付けるのだけど、代わりにキューちゃんを乗せて食べると、新しい出会いとなる。

久太郎が残していった「美味日記」の中に、“豆腐とキューちゃんコラボ案”という書きかけの項目があって、あれこれと試行錯誤のあとがうかがい知れたのだ。久太郎はその答えをここで見つけて……
「じゃあ、工場にいるってこと、久太郎が?」
「うん、たぶん働いているはずよ」

当たり前じゃない、という表情でブンは食べるのをやめずに告げる。
「いるんだ、ここに?」
「あんたさ、本気なんだね。久太郎に会ってどうするのよ?」
「確かめないと。ここになにが……」

マキコはあの書き置きメモが貼ってあるノートのページを開いて、立ち上がった。
「こんなの残したんだ、あれ、どうするの?」
「行く、これから工場に……」

マキコは呆気にとられているブンに告げて、個室の扉に手をかけた。