キューちゃん旅グルメ

キューちゃん旅グルメ

神奈川県「ハマで食べるバタマヨキューちゃんサンド」

神奈川県「ハマで食べるバタマヨキューちゃんサンド」

どうして私は、こんなところで、こんなことをしているのだろう?
「ばかだよ、あんたは。この企画もやっぱりあいつがらみだろう。いつまで引きずっているのさ? あんたを捨てた男だろ? さっさと忘れて、新しいのをみつけなよ」

クロノリこと黒沢紀枝編集長にそう叱られて、言い返すこともできない。理屈では分かっている。でもね……

マキコはさっきから堂々めぐりで答えを見つけようとしてる。いや、さっきからじゃなくて、ずっと前から自問は続いているのだ。久太郎がいきなり消えたあの日からずっと。

ポンという音がして、顔を上げた。青い海と曇り空の境を突き破って、白い煙が立ち上っていく。煙は綿アメみたい膨らんで弾けた。昼間の花火は音だけで、どこか間抜けだけど気持ちを少しだけほっこりさせる。

風に乗って鼓笛隊なのか、のどかな演奏の音も聞こえてくる。横浜のお祭りはこんな調子で、楽しいはずだけど……

高台のこの公園まで来ると、さすがに祭りの喧噪は遠くなる。その代わりに、自分たちだけの世界に浸りきっているカップルばかりで、うざいったらありゃしない。このベンチだって、座ろうとする高校生カップルをガン見して確保した。

クロノリ編集長からは、「横浜祭り&ハマっ子グルメ」という企画はボツにされた。なのにノコノコと横浜までやってきたのは、ここがあいつとの初めてのデートの場所だったからだ。編集長に見透かされた通りに、ちょうど一年前の今日で、同じ祭りだった。

マキコはリュックからバスケットとステンレスマグ、ついでに「美味日記」と書かれたあいつのノートを取り出した。

マグにコーヒーを注いでコクリと飲む。カップルたちに向けたささくれた気持ちが、遠くに見える海みたいに静かになった。

ノートを開こうとしてためらった。先に、さっきから催促してくるお腹のリクエストに応えよう。バスケットを開くと、サンドイッチがぎゅうぎゅうに詰め込まれている。それもマキコのサンド弁当は二段重ね。

上の段はオーソドックスなレタスとトマトときゅうりの野菜サンドと、シンプルな厚焼き卵を挟んだだけのエッグサンド。この二つはマキコの手作り。

そしてそして下の段。マキコが今朝キッチンででっち上げたお手軽サンドに比べると、これぞまさにプロが作った芸術品のような美しさ。コーヒーをもう一杯飲んで、そいつをつまんで口に入れる。

バゲットのパリリと堅い表面から、わずかに焼きたてパンの香りがして心も溶けそう。バターとたっぷりマヨネーズの風味、そしてピリリと甘辛い小粒が「おいらがいるぜ!」と自己主張している。

このサンドの正式な名前はない。キシオ君にマキコが頼む時には「例のサンド、お願い」だけだ。キシオ君は、マキコが取材で知り合った馬車道通りの有名ベーカリーのパン職人で、何かと相談に乗ってくれるありがたい友人だ。そういえば一度キシオ君は、
「あれね、バタマヨキューちゃんサンド」

と略語にしてみせた。最初のデートで久太郎が作ってきたサンドとほぼ同じ味わいだけど、キシオ君のはどこか整い過ぎている。プロのなせる技なのかもしれない。

久太郎の「美味日記」を開くと、レシピのつもりなのか、簡単なメモが乱雑なイラストと一緒に書いてある。

できるだけ焼きたてのバゲットに、バターをたっぷり塗って、こつぶキューちゃんとマヨネーズを“きゅるきゅると”混ぜてはさむだけ。“ほらみろ、イケるぜ!

ちゃんと“きゅるきゅると” “ほらみろ、イケるぜ”は、イラストの横にエンピツで書いてある。いかにも久太郎らしい。
「前はキューちゃんを小さく刻んで混ぜていたんだ。そうしたら、こつぶタイプが発売された。たれが少なくて絶妙なんだ。横浜で食べるにふさわしいサンドが誕生したんだよ」
「なんで横浜?」
「横浜は文明開化を告げた街だ。真っ先に伝統と新しい文化を融合させたんだ。このマヨネーズとキューちゃんのコラボみたいなものなんだよ」

あの時の久太郎のこじつけ論理に、マキコは笑いながらも納得させられた。言葉だけだったら「ただの変な人」と思ったかもしれない。でも、すんなり頷いてしまったのは、このサンドを食べながらだったからだ。

あ、そうか……

マキコは少しだけど答えのシッポを掴んだ気がした。あっさりと忘れられないのは、久太郎とマキコの組み合わせは、常識を変えちゃうくらいの絶妙なコラボだったのだ。

初めてのデートに、ドラゴン刺繍のジャンパーで現れた久太郎を見た時、背を向けて帰ろうかと思った。でも、手作りの、それも今まで食べたことのない変わり種サンドを持ってきた男なんて、あまりにもおもしろすぎた。

やっぱり見つけてやる、忘れるもんか!

マキコはノートを開いた。そこに久太郎が残していった書き置きが貼り付けてある。
「旅に出る、■■■■を求めて」と走り書きのメモ。■のところの文字が破れている。そんなところもいかにもあいつらしい。

マキコは最後のサンドの一切れをパクリと食べて、空を見上げた。

ポンと音を告げ、どこか間抜けだけど憎めない花火がくもり空に上がった。