キューちゃん旅グルメ

キューちゃん旅グルメ

新潟県 コシヒカリの塩むすびに隠れているのは?

新潟県 コシヒカリの塩むすびに隠れているのは?

割烹着のおばちゃんが「あきゃきゃ」と掛け声をあげ、大きな釜の蓋を持ち上げると、ほんわりと真っ白な湯気が立ちのぼった。
「あきゃきゃ」は、新潟弁の感嘆符らしい。
連発していた飯炊き担当おばちゃんの笑顔が、一瞬であきゃっと湯気と混じり合う。
——なんて、ニッポンジン!

マキコはうっとりと、湯気を盛大に上げている釜を覗き込む。

炊きたてご飯のきらめきを見よ!

昔ふうの言い方をすると、これぞ銀シャリ。消費量が減ったとか、炭水化物ダイエットだとか、相も変わらず逆風にさらされているお米だけど、この一粒一粒の輝き、白い息を全身で吹き上げるご飯を見て、唾をのみ込まない日本人はいない。

おばちゃんはさくさくとしゃもじでご飯を切ってざっくりと混ぜて素早くさまし、桶に移していく。待ち構えていたむすび担当婦人隊が、はふはふきゅっきゅと握っていく。

おばちゃんたちは魔法の手を持っている。
熱さなんてものともしない。慣れなのか、コツがあるのか。上下する魔法の手を見つめる。

三回、四回、五回と高速回転したかと思うと、きれいな三角のおにぎりが、大皿の上にきちんと整頓して並んでいく。いつの間にか海苔をまとったおにぎりたちもいる。
“最高のおにぎりを作るには、なるべく熱々で、外側しっかり、中はふんわりの空気ごと握るのがコツ”とあいつの「美味日記」に書いてあったけど、なるほど、その通りだ。

どの皿にも、マキコが提案したきゅうりのキューちゃんが盛られていて、まさにきゅっとアクセントになっている。
「そっちは梅干し、そこはシャケ。おかかに塩昆布もありますよ。さあ、召し上がれ!」

今回のイベント「コシヒカリVSコシイブキ、おにぎり対決」の主催の山崎さんがGOサインを出した。

集まっていたお客さんたちが歓声を上げ、一斉に手を伸ばす。あちあちと悲鳴を上げながらも、誰もが“ニッポンジンの幸せ”をほおばっている。それからパリリとキューちゃんをかじる。

その光景を写真におさめながら、マキコはイベントの成功を実感していた。「美味にっぽん」来月号の巻頭特集ゲットは確実だ。クロノリ編集長も「おマキ、よくやった」と褒めてくれるに違いない。

新潟のお米というとコシヒカリだけど、10年ほど前に誕生、近年一般栽培されるようになった新種コシイブキは、まだまだ知られていない。コシヒカリはもちもちと甘いのに対して、コシイブキは粒々がしっかりしていて、具と混ぜ合わせるおにぎりにぴったりだ。

「マキコさん、ご注文の塩むすびよ」

山崎さんがニッコリ笑って、純白おにぎりが乗った皿を差し出した。山崎さんは生粋の越後美人で肌もお餅のよう、いつもこんなご飯を食べているからだろう。

「いただきます!」

山菜にぎりと、明太子にぎりを食べたばかりだけど、あと三個はいける。

かふりと一角を口に入れると、ほろりと砕けて、うっすら塩味がコシヒカリの何ともいえない甘さを引き立てる。そのまま食べ進むと、思わぬ展開となった。マキコは頬を緩ませて、山崎さんの笑顔に応えた。

ほんのりの甘さの先に、キリッと染みこんだお醤油味と独特の歯ごたえ。

やっぱりただの塩むすびじゃなかった。きゅうりのキューちゃんが一切れ、真ん中に隠されていたのだ。

「マキコさんのいう通り。これいけるわ……ねえ、誰から教わったのよ?」

山崎さんが夕べの話の続きを追求してくる。
「ええ、ええ、そうですよ。ある日突然、私の前から姿を消したバカ野郎が……」

そこまで言ってマキコは、キューちゃんおむすびを持ったまま走り出した。
——いた! やっぱり来てた!

山崎さんの呼び声も無視して、マキコは会場の入口から出て行くカップルを追いかけた。女と一緒というのは想定外だったけど、構うもんか! 決着はつけてもらわないと。
「待ちなさいよ、久太郎!」

マキコの叫び声に、カップルの片割れ、ドラゴン刺繍のジャンパー男が振り向いた。
「……あ、……あの、ごめんなさい」

背格好とジャンパーはそっくりだけど、顔はパンダとユキヒョウくらいに違った。
「何、この人? あんた、知り合い?」

女が詰め寄り、パンダ男は必死に言い訳。マキコは「人違いでした、すいません」と何度も頭を下げて、おさめるしかなかった。

金沢ではこんかにしん茶漬けだった。ホテル前の小料理屋で、久太郎は影だけ残してまた消えた。一ヶ月後のこの新潟では、まるで替え玉を寄こしたみたいだ。あいつはどこまで私を翻弄するのか。

だったら、あいつの日記にあった「絶品、コシヒカリの塩むすびにキューちゃん」で、ハデにイベントを仕掛けたら、きっと現れると思ったのだけど……

カップルを送り出し、マキコはおにぎりを食べているお客さんたちをしみじみ眺めた。家族連れが圧倒的に多い。継いでカップル。男一人はいないようだ。

どうして、久太郎は一人で来ていると思うのだろう。あの判別不明なメモのせい?

マキコは食べかけのおにぎりを見た。ご飯の真ん中がおしょうゆ色に染まっている。

涙を堪えながら、一気にほおばった。悔しいけれど、ムチャクチャおいしかった。