キューちゃん旅グルメ

キューちゃん旅グルメ

石川県 加賀のこんかにしん茶漬けにあいつの影

石川県 加賀のこんかにしん茶漬けにあいつの影

賑わっているとは聞いていたけど、
嘘じゃなかった。
3年前に来た時には、晩ご飯の材料を求めにきた、地元のおばちゃんたちもたくさんいた気がするけど、今朝の近江市場には観光客しかいないみたいだ。

どっかの国の団体さんの群れから抜けだし、奥の鮨屋さんの暖簾をくぐった。しめしめ、ちょうど一席空いたところだ。
「いらっしゃい! お姉ちゃん、ラッキーだね。何にする?」
「えへへへ、ちょっと待ってね」

マキコは緩みきってるだろう頬をおさえて、かってはイケメンだったとおぼしきおやっさんからメニューを受けとる。

もーう、目移りしまくり!

この瞬間のために、マキコは朝食もとらずに東京発の新幹線に飛び乗った。ほんとは寝坊したので食べそびれたのと、がまんできずにサンドイッチをつまんじゃったのだけど。

それにしても、朝7時台の新幹線に乗ったら、10時過ぎには、金沢の台所、この近江市場のお鮨屋さんでメニューを睨んでる。どんどん日本が狭くなっている。マキコのためにグルメ特急ができたみたいだ。

「やっぱ、ここは海鮮丼!」

近江市場なら、日本海から上がったばかりの新鮮な魚貝だろう。隣りの観光客に習えだ。ぷりっぷりの甘エビが丼からはみ出して、おいでおいでをしてる。マグロの赤身を敷いてるイカの透明度ときたら!

どかんと置かれた丼に思わず感嘆!

おっと、いけない、ちゃんとデジカメ撮っておかなくっちゃ。仕事仕事。

こう見えてマキコはただの食いしん坊ではない。グルメ雑誌「美味にっぽん」専属ライターなのだ。今日も「金沢食いつくし!」のルポがメイン、一応だけど……

近江市場の海鮮丼からスタートして、評判だという洋食屋さんのオムライス、別腹で老舗の和菓子屋さんで名物の氷室まんじゅう、夕方は主計町の料亭で治部煮と牡蠣鍋。

幸せ、もうたまらない!

「おマキ! 何、このオムライスって。あんたが出した企画は、金沢伝統の味探求よ。ちゃんと取材してちょうだい!」

調子に乗ってたら、案の定、クロノリこと鬼の黒沢紀枝編集長から電話。

「あ、その伝統とのコラボで……」
「ふーん、記事が楽しみだわ」
「大丈夫です。ちゃんとやってます」
「ほんとよね? 取材にかこつけて、探してるんじゃないでしょうね」
「えっ、な×ん××こと……」

電波の悪いふりで切ってしまう。

ホテルの部屋でデジカメデータをチェックしながら、取材メモを整理。明日は、あいつのグルメ日記にあった“こんかいわし”をどこかで見つけて……

と思ったら小腹が空いた。寝る前に軽いつまみで一杯引っかけて(っておっさんみたい)……ホテルの向かいに小料理屋があったっけ。よっしゃ!(やっぱ、おっさんだ)

その店はまさに「こんか」といった。常連客らしいサラリーマンが二組とカップル。金沢美人の女将と渋い板前さん。

カウンターに陣取ったマキコは、女将オススメのあごの煮つけをつつきながら、熱燗の地酒で、ほっこりしてきた。

「お食事になさいますか?」

さりげなくお酌をしながら、女将さんが尋ねてくれる。こういういい女になりたい。

「じゃあ、このこんか茶漬けを」

カウンターに置かれたメニューをさす。

「今日は、こんかにしんですけど」

店の名前にもなっている“こんか”は、米ぬかのことで、金沢では、保存食として魚もぬか漬けにするのだと女将が教えてくれた。あいつの日記はイワシだったけど、にしんやサバやブリも漬けるのだという。

「東京の人には、少しくどいかもしません」

女将はそう言うが、マキコは濃い味のものならより濃く、薄味はひたすら透明に薄くをモットーとしているので問題なし。

出て来たお茶漬けは、真っ白なご飯に、薄切りのにしんが三切れ乗っただけ。これにお湯をさらさらと注ぐ。ふんわりとぬかと潮の香りが湯気となって頬をなでた。

「あ、すいませんが……」

遠慮がちなマキコに、女将が首を傾げる。ハンドバッグから、小さなタッパーを出す。

「これ、つまんでいいですか? お茶漬けには欠かせなくて」
「まあ、何? お漬け物?」
「きゅうりのキューちゃん」
「いいですよ。私も大好き!」

女将さんの許可を得て、早速お茶漬けにひとつふたつとキューちゃんを入れる。白いご飯と薄桃色のにしんにキューちゃんが映える。

サラサラ、パリパリの絶妙なハーモーニー。これぞ加賀百万石茶漬けの極み。

そんなマキコを見て、女将はクスクスと笑い続けている。

「そんなにおかしいですか?」

「ごめんなさい。前にもね、お客さんみたいな人がいたの。このお茶漬けにはキューちゃんだって、コンビニまで買いに行ったのよ」

「ええっ、その人って」
「男の人」
「い、いつ頃?」
「三ヶ月くらい前かな……えっ、その人が?」

——あいつだ!

思わずキューちゃんをもう一切れ。パリリと小気味いい音がした。